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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

パフさんの素晴らしい言葉 

 

大変恥ずかしいことに、僕はフルート奏者のエマニュエル・パユの名前をエマニュエル・パフだと長い間思っていた。何故だろう?おそらくピアニストのスティーヴン・ハフの名前と、どこか一緒になってしまい、パユ→パフと思い込んでしまったのだと思う。CDのジャケットやネットなどで彼の名前が黒々と「パユ」と書いてあっても、僕は「パフ」と堂々と読んでいた。

ああ、サークルの打ち上げなどでパフ・・・とか言わなくてよかった。ブログにもフルート奏者のパフと書かないでよかった。

さて、そのパユさんだが、舞台での演奏に関して、心の持ちようというのかな、とても素晴らしいことを言っている。彼の言葉を受け入れられるかどうか、そこで精神の若さが試されると思う。

「だってパユさんは、ベルリン・フィルの首席奏者で、ソリストとしてもCDなんかバンバン出している有名演奏家でしょ?パユさんはそうかもしれないけど、自分には当てはまらないわ」

僕も一瞬、そのように感じるところもあった。でも、「私は○○」という固定観念に縛られてしまうのが、精神的な老いだとも思う。少しでいいから、もしかしたら自分にも当てはまる?・・・とか、いい考えだから見習ってみようかしら・・・とか思えたら最高なんじゃないかな。

「演奏は音楽のエネルギーの解放。だから奏者は聴き手と共有したくなる。多くの人に聴いてもらいたい、共有したいと思う」これは演奏の動機、事始めであると同時に、究極の目標でもあるような気がする。

演奏って、上達してゴール・・・という一直線というものではなく、サークルなのではないかと思うことがある。動機、譜読み、このような事始めがあり、そこには自分が感じたものを共有したいから練習するという想いがある。練習を重ねて、演奏の本番の時、それは練習の成果をミスなくこなすことではなく、最初に戻るんだ。他の人とも共有したい・・・という想いに。だから人前で緊張して、本番の会場が火事になればいいのに・・・と思いつつ、胃が痛くなりながらも一人舞台で弾くのだ。なので演奏って定規みたいな直線ではなく、完全なる円形になる。円の最初でつまづくと、例えば日本人の好きな(?)「どうせ自分は○○だから、それなりに・・・」スタンスで練習を始めてしまうと上手くいかないように思う。

さて、本番。舞台で一人・・・

パフさん、改めパユさんはどう言っているだろう?

「舞台でのその瞬間、その曲を世界で一番上手く演奏できるのは、あなただけなのだ・・・」

この言葉、いいねぇ・・・

でもそうだよね。舞台には自分一人なんだから。

kaz




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