ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「えっ?今のトリプルアクセルだった?」という演奏 

 

浅田真央選手、彼女がジュニアの頃、初めて観た時、こう思った。「なんて軽々とジャンプを跳んでしまうのだろう?」と。「えっ、今のジャンプ、もしかしてトリプルアクセルだった?」みたいな?簡単そう、軽そう・・・という印象を持った。同じような印象を往年の巨匠の演奏、音に感じるのだ。軽々としていて、どんなに難所であっても、これでもかっ・・・という力感を感じさせない。おそらく巨匠たちも練習を重ねたのだろうが、その痕跡を聴いている側に一切感じさせない。いとも簡単(そう)にコロコロと弾いてしまう。そこが好き。

今の主流の演奏って、浅田ジャンプと正反対のところにあるような気がする。長いジャンプまでの助走、そして跳ぶ。会場が一瞬緊張する。そしてなんとか成功。「あ~!!!成功ですっ!」みたいな?そんな演奏。ドラマ性はあると思うの。でもコロコロ・・・みたいな軽さに欠けているような?緊迫感(おクラシック感?)というか、そのようなものが必要以上に強調されるみたいな?

完全に個人的な好みなのだと思う。僕が子ども時代、メカニカルな完璧さということで、まず名前が挙がったのがポリーニだった。今だったらアムランがその地位を獲得しているだろうか?もちろん両者とも、音楽的に変・・・とか、嫌い・・・とかは思わないし、立派な演奏だと思うのだが、「凄~い!」とかは感じても、あまり「素敵♡」みたいなことは感じない。「ピアノを弾いているのだったら誰もが認める立派な演奏を聴くべき」と言われても、音楽を聴く時は完全に鑑賞者であり、あまり「お勉強」みたいな気分で聴くことはないから、どうしても「キャッ、素敵な演奏」と感じたいと思うのだ。「立派ねぇ」とか「凄いよねぇ」とは鑑賞者としてあまり必要としていないのだと思う。それではいけないのかな・・・などと(たまに)思ったりもするけれど。

そのような意味で、現代のピアニストではスティーヴン・ハフが好き。彼の演奏は素敵だもの。そして往年組のような、軽さというか、音はクリアなんだけれど、変に重油のように重くない。そこが好き。

「絶対、これって真っ黒な楽譜だよねぇ???」というような超絶技巧の曲でも往年の巨匠の演奏は、軽さ(これは重さの反対語の軽さということでもない。でも他に言葉が見つからない)がある。コロコロ・・・コロコロ・・・

これって、重油、鋼鉄の音で弾くよりも難しいのではないだろうか?「えっ?今のトリプルアクセルだった?」の方が「さぁぁぁぁ・・・トリプルアクセル・・・降りましたぁぁぁぁ!!!!」よりも難しいのではないだろうか?

ショパンの弟子にカール・ミクリという人がいた。この人のお弟子さんたち、彼らは便宜上(?)ミクリ派などと呼ばれたりするが、彼らの演奏を聴くと、ショパンの伝統がどうたらとか、正統性がどうたらとか、そのようなことよりも、まず「音の軽さ」に聴き入ってしまう。

アレクサンドル・ミハウォフスキ・・・小犬のワルツ(によるパラフレーズ)を弾いている。これ、相当真っ黒な楽譜なのではないだろうか?でも空中に舞うような軽さがあるような?力感を感じさせない、大変そうと感じさせない。

kaz




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