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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

セピア色のトリプルアクセル 

 

「ピアノの知識と演奏」(雁部一浩著)というピアノの本の、はしがきに、いきなりこのような記述がある。

「現代の多くの演奏を往年の巨匠たちに比べると、その芸術性は勿論のこと、表現技術に於いてさえ及ばないのではないかというのが偽らざるところです」

芸術性・・・というところなら分かる気もする。でも技術も?えっ、そうなの?この氏の記述を不思議と思う人も多いかもしれない。往年の巨匠、コルトーよりは現代のスターの方が、少なくとも技術はあるのでは?こう感じる人はいるかもしれない。

たとえば、どの音大でもいいけれど、昭和10年度の卒業演奏会と昨年の卒業演奏会のプログラムを比較したとすると、昨年の卒業生の方が、難曲を演奏している人が圧倒的に多いと思う。よく言われる。昔は弾くだけで注目されたような曲も、今は誰でも弾く・・・と。

これは技術力の進歩というよりは、技術の底上げなのではないか?フィギュアスケートのジャンプも同じような気がする。昔は2種類の3回転がプログラムに入れば「おおっ・・・」という時代もあった。でも今では2種類では、お話にならないはずだ。

「ほら、技術は向上しているんじゃない?ピアノもそうよ!」

これは技術・・・というより、誰かが難易度の高い技を成功させたら、その技が他の選手にとっても、成功させるべき技という基準になっていくということではないだろうか?ピアノもこれと似ているのではないかな?誰かが弾けば、他の誰かも弾くようになっていく。底上げが成されていく。

現代の女子シングルの選手のすべてが、ジャネット・リンよりも技術は数段上であると、僕は言い切ることはできないと思う。ジャネット・リンは5種類の3回転とか、3回転ー3回転のコンビネーションなど、必要のない時代の選手だった、そういうことではないだろうか?

1980年代の初めに活躍したアメリカの選手、ティファニー・チンという選手がいる。1984年のサラエボでのオリンピックの演技が印象深い。この選手、トリプルアクセルを練習では成功させていて、動画にも鮮やかな3回転半のジャンプが収められている。でも試合ではこの技は入れていなかったはずだ。試合では成功させる自信がなかったからだろうか?そうではなく、トリプルアクセルを入れる必要がなかったからではないだろうか?そんな気がしている。

ピアノの技術の進歩、これは全体的なことではなく、難曲を弾ける(弾く)人の割合が多くなったという、部分的な、底上げのようなことなのではないだろうか?

ちなみに、トリプルアクセルを競技会で初めて成功させた選手は、カナダのヴァーン・テイラーだとされている。1978年のことだったと記憶している。それはそうなのだが、テイラー選手より前の時代の選手は、誰もトリプルアクセルが跳べなかったのだろうか?そのような技術を持っていなかったのだろうか?技術的に劣っていたのだろうか?

往年の選手にデヴィッド・ジェンキンスというアメリカの選手がいた。セピア色の時代の選手という印象を持ってしまう。彼は1957年から世界選手権、3連勝している。1960年のスコーバレーでのオリンピックで金メダルを獲得し、そして引退している。

大昔の選手だとは思う。おそらく、屋外での試合も経験したような、そのような時代の選手だったと思うし、採点も電光掲示板ではなく、ジャッジがリンクの中で採点札を掲げるような、そんなレトロな時代の選手だ。

この動画、1957年とあるから、ジェンキンス選手が初めて世界チャンピオンになった頃の動画だと思う。

「あれ?軽々とトリプルアクセルを跳んでいる?」

試合で入れる度胸がなかったわけではないだろう。プログラムに入れる必要がなかったのではないだろうか?

kaz




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コメント

 

雁部さんの本

kazさんがよく引用されている雁部さんの本、先日ようやく手に入れました!!(ずっと読んでみたくて探していたのですがなかなか店頭でみつからなかったのです。)
まだ読み始めたばかりですが、とても面白いです!ありがとうございます。

ふわふわ #DL0dExLA | URL | 2017/07/18 23:02 | edit

ふわふわさま

この本はお勧めなのです。ヤマハなどでもダ~ッ平積みになっているわけではないし、店頭にさえなかったりしますが、この本を熟読しておけばいいような気さえしてきます。

kaz #- | URL | 2017/07/18 23:45 | edit

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