ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

真珠の時代、鋼鉄の時代 

 

「ゴィエスカス」の第2曲、「窓辺の語らい」は、曲集の中では割と地味目の曲なのかもしれない。各曲を献呈された当時のピアニストの中で、「窓辺の語らい」を献呈されたエドゥアール・リスラーという人も知名度は低め・・・かもしれない。

献呈されたピアニストたちの中では、エドゥアール・リスラーのCDだけは僕も持っていなかった。ユーチューブでもアップされている演奏は、他のピアニストたちと比べると極端に少なくなるようにも思う。

でもエドゥアール・リスラーという名前だけは僕の記憶のどこかに引っ掛かってはいた。つまり名前だけは何かで聞いた(見た)ことがあるような気もしていた。

フォーレの「ドリー」を初演した人だった。共演者はコルトー。そうか、「ドリー」の人だった・・・

リスラーはレイナルド・アーンやシャブリエとも親しかったらしい。コルトーとは同門になり、同じディエメ門下となる。コルトーの方が後輩になるのだろうか?

リスラーの、まさしく今から100年前の録音を聴いている。もうこのタッチ感は往年組そのものだ。何と言ったらいいのだろう、軽くコロコロしていて、難所でも「これでもかっ!」のような力感を全く感じさせない。鋼鉄の響きではなく、真珠の連なり・・・とでも表現したらいいのだろうか?この「コロコロ」という軽さ、これはミクリ門下のピアニストに顕著にみられる傾向とされている。ローゼンタールとかコチャルスキとか。でも別にミクリ派のピアニストだけではなく、100年前のピアノサウンドは「コロコロ」していたのだ。

この時代の楽器、特にコントロールポイントのようなものが浅めで、微妙な感覚を求められていたのではないか?現代のピカピカのスタインウェイのように、誰でも華やかな音が出るような楽器ではなかったのかもしれない。このような楽器って凡庸なタッチには厳しく、繊細にコントロールされたタッチにのみ反応してくれる「人を選ぶ楽器」だったのかもしれない。リスラーが弾いていた楽器、プレイエルだったのだろうか?メーカー(ブランド)はどうであれ、リスラーのような「コロコロ」という感覚は、なかなか現代のスターたちからは聴くことのできないものに思える。

僕はフェイスブックもライン(とやら?)とも無関係の生活をしているが、リスラーの「お友達」はどうだったのだろうか?

グラナドス、ルイ・ディエメ、フォーレ、デュカス、コルトー、シャブリエ、アーン,・・・豪華なお友達ではある。

kaz




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category: リサイタル 2018

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