ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

残酷な本場のピアニズム 

 

「ゴィエスカス」各曲の献呈者は以下のようになる。

「愛の言葉」 エミール・フォン・ザウアー
「窓辺の語らい」 エドゥアール・リスラー
「燈火のファンタンゴ」 リカルド・ヴィニェス
「マハとナイチンゲール」 この曲のみピアニストへではなく妻のアンパロへ
「愛と死」 ハロルド・バウアー
「幽霊のセレナード」 アルフレッド・コルトー

グラナドスから曲を捧げられたピアニスト、往年のピアニストの演奏を好む人であれば、胸キュンのようなピアニストばかりなのではないかと思う。僕もその中の一人にはなると思う。それぞれのピアニストの演奏、辛うじて録音が残っている。コルトーは有名だと思うし、またフランスもの、ドビュッシーやラヴェルを弾いたことのある人だったら、リカルド・ヴィニェスの名前も近しいだろうとは思うが、やはり彼らの演奏というものは、どこか往年趣味の特別な人が聴く演奏といった認識もあるのではないかと思う。

ウィーン郊外、バーデン・バイ・ウィーンのホテルの窓から一人の日本人女性が飛び降りた。調べによると、和服を着たその女性は、日本のピアニスト、久野久と判明した。

エミール・フォン・ザウアーに師事する、久にとって大きな意味があったに違いない。久の演奏を初めて聴いた時、ザウアーはどのように感じたのだろうか?「これではお話にならないな」と感じたのだろうか?個人的な想像なのだが、ザウアーは久の演奏を好ましく感じたようにも思う。東洋から来た和服の女性、西洋音楽未開地からヨーロッパへ、憧れと情熱、そして執念だけでやってきた女性。「ああ、東洋人もここまで弾きこなせるのだ」と、むしろ歓迎、驚嘆したように思う。

音楽への熱い想い、ベートーヴェンに焦がれた想い、たとえ久の演奏に奏法的問題点を見出したとしても、そしてザウアーは見出したと思うが、そのようなことよりもザウアーは久の想いをまず評価したと想像する。ザウアー自身もそのような想いを持つピアニストだったと思うし、ピアニストってそのようなものだとも思うから。

大変に好ましい、この人は音楽に焦がれている・・・とは感じても、その演奏がそのまま当時のヨーロッパでピアニストとして通用するとはザウアーには思えなかった。なので言ったのだ。「基礎からやり直さなくては・・・」

以後、久はザウアーのことを語らなくなる。「私は日本では一番のピアニストだった。ここでも通用するはず。ザウアーなんてフン・・・」と思ったのだろうか?久は自分の演奏が本場で通用すると思っていたのだろうか?

これも個人的な想像だが、自分の演奏では正直通用しないと久は自覚していたのではないかと。当時の偉大なピアニストの演奏を久は多く聴いていたらしい。感じないはずはないのだ。「自分とは違う・・・」と。ザウアーに言われたように、その違いを埋めるには、日本で頑張っていたのと同じでは埋まらない。指から血がほとばしるような練習だけでは、もうどうにもならないと。弾き方の根本から直さないと。そのことを冷静に考えてみると、華々しくヨーロッパでデビューするには、もう自分は遅いのだと・・・

もし久が純粋なる「音楽学生」としての渡欧であれば、本当のピアノの弾き方というもの、それはエッセンスのようなものだけしか身につかなかったのかもしれないが、それでも明治の時代に、本当のピアノの弾き方というものの一部が日本に伝わった可能性がある。そのようなことを考えると本当に残念だ。

久は本場で活躍するしか道がなかった、ここが久の悲劇であったのかもしれない。ある意味、日本では歓迎されない異端児であった久は、日本に戻りたくなかったのではないか?でもヨーロッパでは通用しない。西洋の文明には未開な遥か彼方の日本という国の女性が、結構達者に弾くという意味では多少は驚かれたかもしれないが、根性ピアノではヨーロッパでは通用しなかったのだ。金銭的な問題もあっただろうし、言葉の壁というものもあっただろう。いつまでも通訳同伴でレッスンを受け続けるというのも無理があるように思うし、その通訳がザウアーの教えを正確に、音楽の髄、メカニカルな要素を久に伝えられただろうか?

「決定的に何かが根本から間違えている。それは痛いほど感じる。でもどうしたらいいのか、それが分からない。具体的に何をどうすればいいのだろう?加えて自分にはお金も時間も、そして語学力もない」

行き詰ってしまったのではないだろうか・・・

何かが違うのは分っている。でもどうしたらいいのか分からない・・・実はこれが最も辛いのではないだろうか?では血が出るほどの練習を・・・これだけではどうにもならないことを久は知ってしまったのかもしれない。

ザウアーのリスト、リストの高弟ということよりも、この演奏は久には残酷なものと聴こえてしまったのではないだろうか?

kaz




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category: リサイタル 2018

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