ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

愛とグラナドス 

 

来年の2月にリサイタルを行う。準備というものは、本来は、しんどいものなのだろうが、今はまだ実感が薄い。曲目は決めたけれど、まだ変わるかもしれない。弾きながら、色々と変更したりするのが好きなのかもしれないと思うし、好きな曲を弾けるのがアマチュアなのだとも思う。本番で演奏する曲の周辺を調べたりするのは非常に楽しい。なので今はとても楽しいのだ。

最初の曲として「ゴィエスカス」の5曲目、「愛と死」をいきなり演奏してみてはどうかと・・・

僕にとっては「グラナドス」=「愛」のようなところがある。物乞いに家族一週間分の食費をあげてしまったりとか、そのようなエピソードが多い感じだ。優しい、愛に溢れた人だったのだろうと思う。子どもは6人。予想(?)よりも多い感じだ。さすがに大バッハほどではないけれど、作曲家って家庭的な幸せとは縁遠い人が多いような印象なので、愛を全うしたグラナドスのような人もいるのだなぁ・・・と。

「ゴィエスカス」・・・グラナドスを死に引きずり込んでしまった曲なのだろうか?オペラ版の初演がアメリカで行われたのだが、その帰途の途中、グラナドス夫妻の乗った客船がドイツ軍のUボートに襲撃されて沈没してしまう。一度は救助船に助けられたグラナドスなのだが、波間に見えた妻のアンパロの姿を認めると、再び海に飛び込んでしまった。そして二人とも亡くなってしまった。グラナドスの死因は、事故死、溺死・・・ということになる。大西洋に沈み、遺体は発見できなかったそうだ。

グラナドスは船が大嫌いだった。水が怖かったらしい。泳げなかったんじゃないかな?それでも海に飛び込んだ・・・

なんだか切ないが、自分の命よりも大切な人がいたということでもある。でも、やはり切ないな。

このような小さなことを知ったからピアノが上手くなるわけでもない。音楽鑑賞、音楽の演奏において、作曲者の私生活のことなどを知って、曲の印象が変わるというのは、それはクラシック音楽との接し方としては邪道なのかもしれない。作曲家はプロなのだから・・・

私生活、つまり作曲家自身の人生と作品とは切り離すべきなのかもしれない。でも聴く側は人間であり、その人間は些細なことにも崩れてしまったり、迷ってしまう弱いところがある。だからこそ人生は楽しい、というか尊い。

作曲家も人間だった。凡人である強靭な(?)我々などとは比較できないほど繊細だったとも思える。だからこそ、このような曲を生み出せたのでは?そうも思えてくる。崩れ、迷う凡人の心を作曲家は代弁してくれているようにも感じる。だから触ってみたくもなるのだ。

この曲はグラナドスの曲の中では最も有名な曲だと思う。今さら新たな感動など聴きだせないほど有名な曲。グラナドスの死因、自分よりも大切な命を救うための行為、そのようなことを知って、この有名な曲に愛をより深く感じてもいいのではないかと思う。そのような聴き方、曲との接し方もありなのではないかな・・・と。

もともとはピアノの曲なのだと思う。でもダニール・シャフランのチェロが心の奥深くまで浸食してくるようだ。

ラテンの愛・・・かなぁ?

kaz




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category: リサイタル

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