ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

高度経済成長期 

 

天地真理が一世を風靡していた頃、つまり70年代前半というのは、いわゆる高度経済成長期でもあった。ピアノ教室が最も繁栄していた時代、お稽古事花盛りの時代。

すべてのことが上昇気流にあった、ドラマティックな時代だったのだろう。「・・・だろう」と言ってしまうのは、当時の僕は小学生。時代というものを感じるには幼かったというか、行動範囲も学校と近所という範囲だけで、ピアノばかり弾いていた・・・と書きたいところだが、自転車を乗り回して遊んでいた記憶しかないから。その頃は葛飾区の端という地域に住んでいたのだが、それでも、どこもかしこも工事中の風景というものは印象に残っているから、やはり時代は変わっていた最中だったのだろう。

カラーテレビの普及、これは天地真理の人気と比例するように伸びている。おそらく真理ちゃんブームというものは、テレビという媒体との密接な関係はあっただろう。1970年、カラーテレビの普及率は20パーセント台。天地真理が「水色の恋」で歌手デビューし、「時間ですよ」でお茶の間に人気者になっていた71年には40パーセントを超え、「ひとりじゃないの」「虹をわたって」とアイドルとして君臨した72年には60パーセント台になっている。「恋する夏の日」を駆け巡るように歌っていた73年、カラーテレビの普及率は80パーセント近くにまでなっている。まさに天地真理はテレビと共に日本を駆け巡ったのだ。

「真理ちゃんとデイト」とか「とび出せ!真理ちゃん」のような天地真理番組の人気もカラーテレビの普及があったからだし、彼女は多くのテレビコマーシャルにも出演していた。そのイメージというものは強固にあっただろうと思われる。

もう天地真理という個人を超えたところに天地真理は存在していた。様々なキャラクターグッズの発売など、レコード売り上げだけではなく、そこには多額のお金が動いていたはずだ。

「ああ、フォークが歌いたい」と本人が心では望んでいたとしても、天地真理という商品、アイドルとしてドル箱であるという側面もそこにはあっただろうと思われる。それは個人の力ではどうにもならないほど巨大なものになっていたのかもしれない。

kaz




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