ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

 

 

叔父が亡くなったのは、たしか1973年の1月だったと記憶している。その前の年、ちょうど今ぐらいの梅雨入りした頃、叔父は初めての入院をした。その後は入退院を繰り返した半年だったけれど、72年の6月、まだそれほど痩せてはいなかったし、元気に見えた。

両親とお見舞いに行った時、叔父は僕を病院の屋上にまで連れていってくれて、ギターを弾きながら歌を歌ってくれた。随分と哀しい曲だなと、子どもながらに感じた記憶は現在でも非常に鮮明だ。

歌ってくれたのは三好英史の「雨」という曲だった。調べてみると、この「雨」という曲、72年にヒットした曲だ。年間チャートの18位を記録している。でも火がついたのは、秋ぐらいからだったようだ。叔父が「雨」を屋上で歌ってくれた時、まだ発売されて2週間程しか経っていない頃で、出来立ての新曲を叔父は、ほかの誰よりもいち早くキャッチして歌っていたことになる。

復帰したかったのかな・・・と思う。当時の医療体制を考えると、癌という病名は、きっと叔父には知らされていなかったはずだ。すぐに良くなると思っていたのかもしれない。でも、こうも思う。叔父は感づいていたのかもしれないと。歌うということから、そこからは何があっても離れられなかったのかもしれないと。

73年、1月。寒かった記憶がある。雪は降っていなかった。棺桶の中の叔父は別人のように痩せていたし、小さくなってしまっていた。

「叔父さんには、もう会えないのよ?何か言うことはないの・・・」

何を言ったらいいのだろう?僕はその時、意識的に無邪気になった。子どもだから、まだこのような現実や切なさなんて理解できない・・・と。周囲は分かってくれた。まだ子どもなんだし・・・と。

叔父に何も言えなかった・・・そのことは、ずっと心残りというか、今も後悔していることの一つだ。

その時から、もう40年以上が過ぎた。遅すぎるだろうとも思うし、今でも遅くはない気もしてくる。今だったら叔父に何を言うだろう・・・

kaz




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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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