ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

自分たちの中にある原因 

 

先のアーンを独唱している人も、このラフマニノフを弾いている人も韓国の人。日本人演奏家の平均的演奏と比較すると、なにか表現意欲旺盛というか、したたかというか、闊達な印象を持つ。僕なりに考えていたことは、民族的なものがどうこうというよりも、韓国の音楽留学というもの。かの国ではヨーロッパなりアメリカなりに、非常に幼い頃からスパーン(?)と渡ってしまう人が多いような?小学生とか?日本の場合だと、音大4年生を終えてからとか、割と悠長というか?まぁ、人によるとは思うが、平均的にはそう感じる。音楽高校を終えて・・・でも、もう18歳。そこから・・・というのは、かなり遅い感じになる。日本の場合、学歴というものへの拘りはあるのかもしれない。人気ピアニストになれればいいけれど、そうでない場合、学歴がないと厳しい。むろん、外国の学位取得ということでもいいけれど、正式なディグリー取得をする場合は、ピアノのレッスンだけを受けていればいいわけではない。大変に厳しい語学力の問題というものが絡んでくるはずだ。特に大学院ではなく学部留学の場合。

ご本人に訊いたわけではもちろんないけれど、中村紘子さんのジュリアード音楽院留学、あれはマスターズディグリーではなく、ディプロマだったのではないかと思っている。そうだとすると、彼女の日本流の最終学歴は「中卒」ということになる。高校を退学して留学していたと思うので。中村紘子さんのように有名になれればいいけれど、そうでなかったら?このあたり、日本人の留学発進の遅さの一因ではないかと。22、22歳になってからでも遅くはないけれど、やはり多感な時期を外国で過ごす韓国人音楽留学生とは、どこか差がついてしまうのかもしれない。

でも、このような基準というか、僕の考えは、根本的に「日本が普通」という感覚に基づいている。物心ついた時から日本に住み、日本人だけの中で日本語を話して育ったので、僕は「日本が普通」という感覚を持っているのだろうと思う。そこを基準にする。もしかして、日本では普通でも世界からすると、異端・・・ということもあるのかもしれない。

いきなり算数の話しなる。このような問題があったとする。「1袋に8個のアメが入っています。その袋が7袋あります。袋に入っていないアメが17個あります。アメはいくつありますか?」ある生徒が次のように解答した。そして教師はその答えを不正解にした。

8×7+17=73  アメは73個

何故不正解なのか?何故なら、その生徒はまだ授業で掛け算を習っていないから。こう答えなければならなかったらしい。

(8+8+8+8+8+8+8)+17=73

この話は有名な話らしく、「ひぇ~、それはおかしくない?」という人が「掛け算をまだ授業で習っていないんでしょ?じゃあ生意気に掛け算なんか使っちゃだめじゃん」という反応の人を圧倒していたのがせめてもの救いだが、なんとなく「ああ、日本・・・」という気はする。でも、僕自身、このようなことに自然と順応させて生きてきたように思う。ここは日本だから・・・と。国語のテストで小説か何かの一部の文章が載っていて「主人公の気持ちを答えなさい」などという設問があったりすると、心の中では「そんなこと作者じゃなければ答えられませ~ん」と思っても、正直に書くとどうなるか知っていたので、こう答えたらいいんだろうな・・・みたいな答えを書いていたように思う。そのようにして、周囲に順応させながら生きてきた。このようなことって、長い間には「それが普通」みたいな感覚になっていってしまうのではないだろうかとも思う。本人は意識しなくなっていく・・・

何故に韓国の演奏家は・・・ではなく自分たちが「ああ、日本・・・」であるという可能性。

何故○○さんは○○なの?原因を相手だけに探るのではなく、独自の、独特の自分というところへも広げてみる。

また新たなパズルの一片が見つかったようだ。

kaz




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