ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ひそかな涙 

 

メロディーが美しい作曲家、メロディーメイカーと呼べるような作曲家、誰だろう?まぁ、人によって異なるのかなと思うが、シューベルト、プッチーニ、モーツァルトとか?ショパンもそうかな?個人的にはレイナルド・アーンがメロディーメイカーとして好きだ。

反対に、このようなことを考えていて、あまり候補にならないのは誰だろう?近現代の作曲家に多い?バッハなどはどうだろう?

シューマンも、どちらかと言えば「美メロディー」という捉え方をされていないのかもしれない。シューマンのピアノ曲って、大雑把な印象だと、「絡み曲」という感じ?複雑に対旋律が絡んでいるというか、文学が絡みこんでいるというか?イメージとして「わぁ・・・素敵なメロディー」というのとは、ちょっと違うのかもしれない。長いトンネルの中で、もがいている感じ?そこが魅力なのかもしれないが。

絡み好き(?)なので、どうしても曲が複雑化、長大化してくる。シューマンがショパンよりもアマチュアに演奏されにくいのは、この長さということもあるのでは?むろん、難しさということもあるのだろうけれど。発表会とかサークル、アマチュアの演奏の場って、意外と時間制限がある。10~15分ぐらいの持ち時間で選曲ということに慣れてしまう。ショパンだったら、バラードだのスケルツォだの、10分程度で、内容盛りだくさん、曲としても完結できる曲が多いのだが、シューマンの場合、どうしても抜粋しなくてはならない。あとはリピートなしで弾くとか?シューマンの「パピヨン」を繰り返しカットで弾くのだったら、ショパンのバラードの方がお弾き得というか?「クライスレリアーナ」とか「交響的練習曲」を抜粋というのも、やり方によっては、サウンドとして唐突感を感じてしまうかもしれない。我々の世代はLP世代(LPという言葉自体が古い?)なので、やはり全曲を聴くことになれてしまっているところがある。

話は変わるけれど、曲を練習していて煮詰まってしまうことがある。その曲のことばかりに入り込み、その曲の作曲家の一面を追いがちになってしまう。練習過程ってそんなものなのかもしれないけれど、煮詰まったら解放してあげた方がいいような気がする。練習をやめるというのもいいけれど、練習している曲の作曲家の別の楽器の曲を聴くとかすると、とても気持ちがよかったりする。違う面から作曲家を感じられるというか?

シューマンの場合、声楽曲を聴くと解放されるかもしれない。1840年、シューマン30歳、この年が、まさに「歌の年」なのだ。集中的に傑作を生みだしている。ピアノ曲も傑作なのだが、なんというのだろう、シューマンの声楽曲は、長いトンネルを抜け、光に包まれた解放感を感じる。眩しいほどだ。裁判に勝ってクララと共に生きることができるという眩しさか?

シューマンの場合、やはりチクルスが多いように思うが、ケルナー歌曲集などは、別に全曲通さなくてもいいように思う。この「ひそかな涙」という歌曲、「えっ?シューマン?」と思ってしまうような美メロディーだ。同時に「ああ、シューマンですね?」とも感じる。

歌曲散歩をしてから、練習している曲に戻ってみるのも、たまにはいいのではないか?それで「私ピアノ上手くなってるぅ・・・」となるほど現実は甘くはないけれど、少なくとも弊害にはならないような?まぁ、ピアノを弾く時間は減るけれど。

「ひそかな涙」   詞:ユスティヌス・ケルナー   曲:シューマン

君は眠りから目覚めて
牧場をさまよっている
広々とした大地の上に
青く澄んだ大空が広がっている

君は惑いもなく眠っていた
その間、大空は朝方まで
限りない涙を降り注いでいた

静かな夜に人々は
悩みのために泣くくせに
朝が訪れると いつもこう思うのだ
心はいつも喜びに満ちている・・・と

歌っているのはペーター・シュライアー。1945年、空襲で瓦礫の山になったドレスデン、そこの聖十字架教会の聖歌隊で少年ペーターは歌っていた。まずなによりも聖歌隊、教会の復興というのがドイツらしいというか?その聖歌隊、ドレスデン十字架合唱団を80歳を過ぎたペーターが指揮しているというのも素敵な話だ。歌手生活を引退してから、彼は指揮者として専念している。

kaz




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