ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ハイケンスのセレナーデ 

 

ジョニー・ハイケンスという作曲家、この人を知っているクラシック愛好家は少ないかもしれない。唯一知られている曲は「セレナーデ」という曲で、俗に「ハイケンスのセレナーデ」として知られている。

ハイケンスという名前や曲名を知ったのは、大人になってからだが、彼の「セレナーデ」は4歳の僕のお気に入りの曲だったらしい。幼稚園のお遊戯の曲だったと記憶している。ピアノが自宅にあったわけでもなく、習ったわけでもなかったが、幼稚園にあったピアノで、いきなり「セレナーデ」を弾き、それもメロディーを変奏して弾いたということで、幼稚園の先生が母親に連絡してきたという。母親は「まっ、天才児?ピアノを習わせなければっ!」とはならず、スルーしてしまった。「子どもってそういうことよくあるから・・・」みたいに。僕自身は、その時の記憶はない。

ピアノブログにも、そしてピアノ仲間との会話でもジョニー・ハイケンスの名前が出てきたことはない。「セレナーデ」はピアノ曲ではないし、音楽史に燦然と輝く大作というわけでもないので、それも仕方ないだろう。

ある年代以上の方、高齢者の方にとっては、ハイケンスの「セレナーデ」は懐かしい曲であるらしい。第2次世界大戦中、戦地で戦う人のためのラジオの娯楽番組の放送があったらしい。それは日本国内にも放送されたらしく、昭和16年から2年間放送されたという。「前線へ送る夕べ」という番組で、この番組のテーマ曲がハイケンスの「セレナーデ」だった。

また、この曲は鉄道ファンにもお馴染みの曲だという。僕は鉄道には詳しくはないのだが、ブルートレインという列車は大変な人気だったらしい。これらの列車の車内放送用のチャイム音が、ハイケンスの「セレナーデ」だった。JR時代になってから、そして今でもこの曲は列車の中で流れているのだそうだ。

ジョニー・ハイケンスはオランダの人。イザイにヴァイオリンを師事したが、主に指揮者としてドイツで活躍したらしい。自身の楽団を持っていたらしく、おそらく「セレナーデ」のような親しみやすい自作曲などで人気を集めていたと想像する。「セレナード」は作品21なので、少なくとも、あと20曲はハイケンスの作品があると思われるが、現在では「セレナーデ」以外の曲は忘れられている。

第2次世界大戦中、オランダとドイツは敵国であったはずだ。日本とも。なぜに敵国オランダの作曲家の作品が「前線へ送る夕べ」のテーマ曲になったのか、ハイケンスが、おそらくドイツで活躍していたからだと思う。オランダ人として、ナチスドイツ国家の中で音楽家として生きていく、かなり色々とあったのではないかと想像する。ナチスに融合するようなことも必要だったのでは・・・などと想像する。

ハイケンスは親独派として知られていて、ユダヤ人に対しての、あるいは人種に対しての差別的発言などもあったらしい。でもハイケンスの穏やかそうで柔和な表情、そして彼の「セレナーデ」を聴いたりすると、それほどの悪人とはどうしても感じられない。「生きていくため・・・」ではなかったか。だとしても讃えられるべきことでもないのかもしれないが・・・

戦争末期、ハイケンスは没落したドイツを去り、生まれ故郷のオランダに帰国している。帰国後、親独派、ナチスへの協力者として連合軍に逮捕され、収監された。獄中でハイケンスは自殺をしてしまったという。

ハイケンスのなんとも痛ましい最期・・・

この曲、なんとも痛ましく聴こえてきたリする。曲調が明るいだけに、なおさらハイケンスの自殺が痛ましい。

kaz




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category: 秘曲

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