ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアノと治安 

 

改めて意識することでもないのかもしれないが、ピアノサークルのメンバーって50歳前後の人、多くないですか?これは当然のことなのだ。かつての昭和ピアノ経験者がそれだけ多いということだから。1970年代、高度経済成長期にピアノ教室でピアノを習っていた人。あの時代に普通にあって、今ないもの・・・

クリスマス、父親が買ってくることになっているケーキ、これが楽しみだった。僕が子どもの頃、ケーキそのものは普通に売っていたと思うけれど、まだまだ「ハレ」用のものだった。巨大でコテコテのバタークリームのケーキ。有名なパティシエの・・・なんてものではなかったけれど、妙に美味しく感じられた。ああ、昭和・・・などと思う。あの時代、歌謡番組全盛時代。どの年代の人も知っているヒット曲というものが存在していた。「輝く日本レコード大賞」みたいなものも今とは異なり、重みがあった。大晦日、レコード大賞が終了し、紅白が始まるわずかの時間、人気歌手たちが車で猛スピードで(?)会場移動をする、それが話題になる。「ああ、○○は間に合ってない」などと紅白のオープニングを観ながら話したり。ああ、昭和・・・

この昭和時代、元祖アイドル、天地真理が「虹をわたって」だの「恋する夏の日」などを歌っていた頃、つい最近のことのようにも感じる。時の流れるのは早い。当時、親だった人たち、つまり70年代の大人、我々が天地真理とか山口百恵などを懐かしむのと同じように、過去を振り返るとすると、いきなり「パーマネントはやめましょう」とか「鬼畜米英」とか焼野原とか、その時代になってしまう。そこには「ピアノ」なんてものは普通には存在していなかった。貧しいとか富んでいるとか、そのようなことではなく。

昭和ピアノ時代、当時の大人には「大人の再開ピアノ」なんて認識はなかったのだ。昭和ピアノ時代、ピアノを習わせている親世代自身が「私もピアノを・・・」という発想はなかったと思う。実際、大人の初心者とか、当時は僕の周囲にはいなかったような気がする。

気軽にピアノサークルに参加する、どこか当たり前のことのように思えるが、それは、かつての「昭和ピアノ」があったからこそでもある。時代の流れ、それに時代の偶然の産物みたいなものが微妙に重なり合って、日本のピアノサークル文化、大人のピアノ文化は成り立っている。ある意味、当たり前のことでもあるが、非常に幸せな偶然が重なった結果でもある。

偶然の産物、まずは「人材」ということ。昭和ピアノ教室挫折者というか?つまり我々という大人ピアノ再開者、開始者。子どもの数が減り、ピアノ指導者が余る時代になった。教室側も、かつての「昭和申し子」を歓迎するようになった。偶然の産物、電子ピアノ。電子ピアノでないと・・・という人は多いと思う。アコースティックのピアノじゃないと・・・そうなのだろうが、騒音問題というものがある。「またピアノ弾きたいな」と思った時、もし世の中に電子ピアノというものがなかったら、これほど多くのアラフィフ世代、アラフォー世代がピアノを弾いているだろうか?いないのでは?さらにネットの普及。情報が手に入りやすくなった。指導者探しもだが、サークルというものはネット媒体が一般に普及したからこその文化、現象とも言える。

「人材」「楽器」「ネット」これらのものが、今の「大人ピアノ」「ピアノサークル」というものを生み出すこととなった。違うかな?

あとは、日本は今、平和だということ。一億総中流意識というか?アメリカの富豪のような生活はできないけれど、まっ、一応暮らしていける、大邸宅ではないが、ウサギ小屋というささやかなものだけれど、住む家がある。他人も「まっ、一応幸せ・・・かな?」みたいな人ばかり。皆が同じ、これって異なる人を異端・・・と思ってしまうことにもつながり、どこか日本の閉塞感にもリンクしているのかもしれないが、平和なのは事実。平和で治安もいい。

これらのもの、人材、楽器、ネット、治安・・・のようなものが微妙に重なり、日本の「大人ピアノ」が成り立っている。当たり前に受け取ってもいいのだと思うが、世界的にみれば、かなり特殊な現象でもある。当たり前・・・ではなく、幸運の重なりの結果でもある。

紛争地域、干ばつが続く地域・・・ではなく、いわゆる先進国の中でもピアノどころではない地域というものがある。ミシガン州、デトロイト。この街は、たしか自治体として破産したのではなかったか?町全体が荒れているわけではないが、日本では考えられないような地域が存在しているのも事実だ。この荒れた地域から、さほど離れていない地域に、日本人の感覚だったら「ああ、こんな素敵な家に住めたらなぁ」みたいな瀟洒な家が並んでいたりする。

狭いけど、家がある。サークルの二次会で飲んで帰っても殺されない、電子ピアノで夜でも練習できる、ネットで仲間を探すことができる、、給料に不満はあるかもしれないが、食べていける、今のところは重篤な病に翻弄されてはいない、食事介助やおむつ交換、徘徊してしまう家族を(今のところは)介護しなくてもいい。

もしかしたら、ピアノで悩んでいる、これって当たり前のことではなく、とても幸せなことなのかも・・・

kaz




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コメント

 

奇跡

ほんとうにそうです。ピアノが弾ける奇跡。
とりわけ、ピアノ再開組が集ってちょぼちょぼのピアノを楽しみ、さらに宴会までできる幸せ。

せっかくアラフィフになって念願のグランドピアノを買ったけれど、
仮にこの世の中が平穏無事に続いても、
自分が健康(精神含む)を損なって自立して自宅で暮らせなくなったら
老人ホームにはピアノを持っていけない。

この頼りない、かけがえのない幸せに感謝しつつも、手放さなくちゃいけない日が来るのが怖くもあります。「欲」ですかね、煩悩から逃れられそうにありません(^^;;

アンダンテ #WDOkdukc | URL | 2017/05/08 15:06 | edit

アンダンテさま

コメントありがとうございます。ああ、たしかに老人ホームにグランドピアノは持っていけないですね。でも電子ピアノなら可能かもしれない。老人ホームは「家」なので。ヘッドフォンで練習することになるとは思いますが。でも、弾くことは可能ですね。

30年後、「高齢者限定ピアノサークル」とか、存在しているかもしれない。我々のような昭和世代が引っ張っていくことになるのかもしれません。人数は多いので・・・


ピアノ人口の主力は高齢者・・・楽しい時代が到来するかもしれません。

kaz #- | URL | 2017/05/09 18:14 | edit

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