ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「まぁ、君のような下々の人間に言っても理解できんかもしれんが・・・」 

 

ストコフスキー、「オーケストラの少女」の中での役柄はストコフスキー。つまり本人として出演し、本人として演技している。指揮者なのに演技もハマっている。本人として出演していたということは、音楽にあまり親しんでいない一般大衆からも「ストコフスキー?あの有名な指揮者の?」と認知されていたということになる。

高名な演奏家、批評家、大学教授とか、あるいは作曲者や作品そのものに対して、どこか一般人というものは、へりくだっているべき下々の人間・・・みたいな感覚を強要されるようなことってないだろうか?ない?なければいいのだが・・・

「ショパン?ドイツの人?」「ショパンの代表作?白鳥の湖?」このような人に「君ぃ・・・まぁ、君のような人間に何を言っても音楽や演奏について理解などできないだろうがね」みたいな?ない?なければいいのだが・・・

ストコフスキーは一般大衆に対して、「君ぃ・・・」という感覚を持たなかった人だったのではないか?そんな気がしている。「君ぃ・・・何故私がハリウッド映画などと関わらなくてはならないのだ?」「ディアナ・ダービン?たかがハリウッド女優ではないか?何故私のような(高尚なオクラシック音楽に関わっている)人間が女優の歌に指揮をしなければいけないんだ?」こんな感じではきっとなかった。

映画という娯楽作品を通しての売名行為?ストコフスキーは既に有名人だったわけで、映画出演の動機ではなかったと思う。

この場面が好きだ。失業音楽家たちが詰めかける。まぁ、不法侵入?「これってどういうこと?」驚くストコフスキー。でも彼らの演奏を聴きながら、自然と手が動いてしまう。指揮をしてしまう。むろん、これは演技であり脚本に従っただけなのかもしれないが、この場面のストコフスキー、なんとなく「素のまま」だったような気もしてくる。

本当の音楽家は、きっと下々の人間に対して「君ぃ・・・」みたいなことは言わない。下々のクラシック初心者の、心からの「感激しちゃってぇ・・・」みたいな反応に有頂天になる。反応が薄ければシュン・・・となってしまうような・・・

そもそも「初心者だから」とか「素人だから」みたいな下々の人という感覚そのものを持っていない。それが音楽家なのかも。

kaz




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