ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

時代の流れ その2 

 

八代亜紀のファンというわけではない。演歌は聴かないので、この曲も好きな曲というわけではない。ただ、1977年の紅白での歌唱は以前から興味深く感じていた。おそらく、「本番で緊張を隠すコツ、聴き手に感じさせないコツ」みたいなものに関連付けていたのだろう。少なくとも、緊張しているようには見えない。オーラさえ感じる貫禄だ。でも紅白の舞台なので、緊張はしていたと思うんだよね。

八代亜紀って1950年生まれなのだそうだ。そうすると、この紅白の舞台、27歳ぐらい、つまり二十歳代・・・ということになる。当時、八代亜紀は特別大人っぽいということで有名だったという記憶はない。むろん、幼さを売りにしていたということはないけれど、八代亜紀は八代亜紀・・・みたいな?

でも二十歳代と考えると、この貫禄、オーラは何なのだろう?やはり今の二十歳代の人には、あまりないものなのではないだろうか?なんだか女王の貫録というか?時代の流れというものを感じたりしてしまう。

この人は非常に苦労の多かった人みたいだ。当時の歌手はそのような人も多かったのではないかと思う。最初、八代亜紀ってバスガイドだったそうだが、クラブで歌い始めた。あまり裕福ではなかったみたいで、父親を楽させてあげたいみたいなことでクラブで歌ったみたいだ。でも父親からは「不良になってしまった」みたいに思われて・・・

クラブ歌手だったので、当時の水商売、ホステスさんたちだろうか、そのような人たちの話も聞くことが多かったらしい。「ブランドものの服が欲しいの~」という理由で働いていた人は当時はいなかったそうだ。何かしらの訳ありがあった。父親が借金をして、その返済をするためにとか・・・

人生の裏街道・・・

八代亜紀のエピソードで印象に残った話がある。重いトランクを自分で持ちながら、色々な場所で歌っていた。手が豆だらけになっていたそうだ。「握手をしてください」これが嫌だったらしい。豆だらけなんだもの・・・こんな手を差し出すなんて・・・

ある時、一人のオジサンが「握手をしてください」と。しないわけにはいかない。握手のあと、そのオジサンはこう言ったのだそうだ。「このお絞りで手を拭きなよ」と。人の優しさというものを感じた時だったと彼女は言う。

時代の流れなんだよね。今時このようなことは流行らないのかもしれないね。

でも変わらないものもあると思うんだな。人の優しさとか、人が抱え込んでしまうこととか。変わらないものもある。

二十歳そこそことは思えない、この貫禄の影には一枚のお絞りがあったのかもしれない。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

スポンサーサイト

category: 昭和

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top