ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

パットさんの夢実現 

 

動画に出てくるパットさん、58歳からフィギュアスケートを始め、現在80歳。カナダのアダルトの大会などにも出場している。真剣・・・ということなのだろう。衣装も考え、振り付けもあるわけだから。彼女が58歳で初めてリンクに立った時、「絶対にトリプルサルコウを成功させるのよ!」という想いはなかっただろうと思う。でも「健康のために、ボケ防止のために・・・」ということだけでもなかっただろう。では目的は何だったのだろう?

ピアノでも熟年生徒はこれからもっと増えてくるだろう。その場合の目的は?「認知症の予防にいいと思って」熟年生徒は体験レッスンなどで、そう言うかもしれない。「それなりに上手くなりたいんです」という想いがあったとしても、直接先生に言うのは勇気が必要だったりする。「趣味なのでぇ、楽しければいいです」だけではないはずだ。でも「指を鍛えてショパンのエチュードを制覇したいんですっ!ビシビシお願いします」というわけでもない。その中間・・・みたいな?

この「中間」という微妙なところ、ここが難しい。生徒も先生も。どこか教室側がいつまでも昭和のピアノ教室的なものを漂わせていると、この微妙な想いが反映されにくいのではないか?例えば、今時「趣味コース」とか「音大進学コース」のような振り分けがあったりするとか。実際にそこまでのコース分けはしていなくても、どこか「趣味?では楽しく」と「本格的に?では音大?」みたいに両極端になってしまうというか?違うんだなぁ・・・その中間なのよ・・・

人間、何歳になっても成長できる・・・ということ。それがスケートだろうがピアノだろうが具現化できればいい。各々の分野だけではなく社会的にもマチュアになっていけばいい。「まぁ、80歳でスケート?素敵じゃない。私も新体操に挑戦してみようかしら?80歳まで5年もあるし」みたいな?それが普通の世の中になればいい。

スケートよりはピアノの方が具現化しやすいように思う。でも阻んでいるのがピアノのレッスンそのものが昭和的だということ。なんとなく練習をしてレッスンまでに、それなりに「仕上げていく」という昭和的なものが今も残ってはいないだろうか?レッスンとは練習の成果を聴いてもらい、何かを言ってもらう・・・みたいな?そのような感覚だと、生徒側としてはどうしても「こんな状態では先生に失礼だわ」という気持ちになる。最低限失礼ではないラインが存在する・・・みたいな?

そうではなく、レッスンって「先生と一緒に探す」みたいな感覚になっていけばいいように思う。むろん、練習は必要だと思うが、「こんなに弾けないとヤバいのでは?」みたいなことではなく、できないところは一緒に・・・

パットさんは頑張ってきたのだ。真剣に。「今からトリプルジャンプを」ではなく「楽しく滑れば健康にもいいでしょ?」でもなく。

「カート・ブラウニングと一緒に滑りたい・・・」パットさんの夢は実現した。何歳になっても夢は持てるし、持っていれば実現するものなのだ。

kaz




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category: The Skaters

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