ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

自分で自分を差別しない 

 

大人のピアノコース・・・みたいな言葉はあるが、わざわざ「子どものピアノコース」などとはあまり言わない。ピアノは子どもが習うというのが世間一般では普通の感覚なのだろう。教室の発表会などでも「子どもの中に大人が一人」みたいなことはあるらしいが、大人の中に子どもが・・・ということはあまりないみたいだ。

でもピアノの曲って大人対象のものばかり。ショパンのスケルツォ、子どもを想定してショパンが書いたとは思えない。子ども用の曲の場合、作曲家は、わざわざ「子どものための・・・」とタイトルに書いたりする。これは普通はピアノ曲は大人のもの・・・というのが前提にあるのだ。ピアノは本来、大人のためのもの、そう考えると、人生本番で楽しむ前に「辞めました」というのも、おかしな話だ。前哨戦というか、準備段階で挫折してしまうなんて・・・

将来、ピアノ教室のホームページやピアノ教師ブログで「大人のピアノ」という表現がなくなっていけばいいと思う。ピアノは大人のためのものなのだから。あえて「子どもの生徒もいます」「子どものコースもあります」みたいな表現が普通になればいいのに。

そうなるためには、というか、そのようなことを夢想するのであれば、大人自身が自分についての年齢差別をしなくなればいいのだと思う。「もう歳だから・・・」「大人から始めると指が動かないのね」とか、それをしない。年齢で自分を差別しない・・・

それぞれの多様な価値観・・・そのようなものが普通になっていけばいいなと思う。芸能人の婚約会見、結婚式、「お子様は何人の予定ですか?」生むと決めてかかっている。生まない喜びという人生だってあるのに。結婚しない選択、喜びというものだってあるのだ。

話題がそれまくりですね。年齢についても差別しない世の中になればいいなと思う。

「75歳です、ピアノを始めようと思います」これが普通になればいいなと。ボケ防止とか脳科学の観点からとか、副産物目的ではなく、人生を満喫するためのピアノ。そんな世の中になればいい。

この人は77歳から声楽を習い始めた。習い始めて半年。舞台で「帰れソレントへ」を歌っている。素晴らしい・・・声楽は身体が楽器だから、ピアノよりも年齢とか、加齢というものが関わってくるはずだ。でもそれが普通・・・となっていけばいい。

一人のソレント人は、この人の「帰れソレントへ」を非常に高く評価している。でもそれが普通なのだ。

マチュアというのは、人生で最も喜ばしいことなのではないだろうか?

kaz




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