ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

故郷は下町 

 

故郷というものには、複雑な想いがあるらしい。友人のルカがそうだ。彼は南イタリアのソレントで育った。若い頃は人情熱いソレントから脱出したくて仕方なかったらしい。家族や親族との関わり合いというものが濃すぎるというか、そのような土地柄なのだそうだ。現在も彼は故郷には住んでいない。「複雑なんだよな・・・」と。

僕自身も故郷からは脱出したかった方だ。若い頃はそう感じる人間も多いのではないだろうか?故郷というよりは、日本から脱出したかった。アメリカへ留学した理由は、勉強したかったというよりは、異なる文化の中で暮らしてみたかった、日本から脱出したかったからだと思う。

現在は東京に住んでいる。ある意味、故郷・・・なのだが、現在居住している地域は、同じ東京でも僕が育った地域とは全く雰囲気は異なる。なので、故郷に住んでいるという実感は非常に薄い。ルカが現在住んでいるミラノと彼の故郷、ソレントと同じ距離感が、僕の場合も存在しているように思う。同じ東京なのに。

でも、年齢を重ねたからなのか、たまに僕にとっての故郷が懐かしくなる時もある。東京在住の地方出身者などは、僕が感じる郷愁のようなものよりも、何倍もの強い想いを感じるのだろうか?そうなのだろう。でも同じ東京に住んでいるからこそ、故郷を訪れることもないのかもしれない。電車に乗ればすぐなのに・・・

今度の休みに訪れてみようか、そう思ったりもする。でもルカほどではないにせよ、複雑な想いはある。そのようなことを考える余裕が生まれたということなのだろうか?

柴又、この街の名前を聞くと、複雑な心境になる。ソレントと似ているのは義理、人情・・・みたいなところだろうか?若い頃はそれが重かったのだ。まとわりつくような感じ?

柴又は交通が不便だと思う。どこから行くにしても、乗り換えが多い。このことが陸の孤島まではいかないが、街の雰囲気を保っている一因なのかもしれない。京成線でも本線ではなく、金町線という路線に乗り換えなければならない。本数も少ないんだよね。

柴又で有名なのは、やはり「男はつらいよ」シリーズ、つまり寅さんなのではないかと思う。柴又は寅さん色に満ちている。帝釈天の参道とかね。でも江戸川も風情がある。「矢切の渡し」も有名なのではないだろうか?柴又から渡し船に乗ると(あっという間に着く)対岸は千葉県の矢切という場所だ。はっきり言ってゴルフ場以外には何もない。復路でまた柴又に帰るしかないのかもしれないが、このあたりは小説「野菊の墓」の舞台ともなった土地だ。民子と政夫が永遠の別れをしたのが、この矢切の渡しなのだ。たしか野菊の墓の文学碑も近くにあったように思う。文学碑しかない・・・とも言えるが。

東京の下町の雰囲気満載だが、浅草とも異なる雰囲気だ。このあたりで育った人、僕の祖父などもそうだったように記憶しているが、は行の発音がさ行に近くなる。「東」は「しがし」、「日が昇る」は「しが昇る」のように。

懐かしいが、複雑だ。でも近々出かけてみようと思う。何年ぶりだろう?

kaz




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