ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

偏見の中で・・・ 

 

アイリーンはドイツに渡ると、すぐに天才少女として脚光を浴びた・・・となるとシンデレラストーリになると思うが、そうはならなかった。ひたすら研鑽、練習、レパートリー拡大という日々だったようだ。まぁ、考えてみればアイリーンは14歳だったわけだし、伝統の違いとか、本場と辺境の地(?)オーストラリアとの情報の違いなどというものもあったのではないかと思われる。

日々研鑽に励むアイリーンに、懐かしいオーストラリアから手紙が来た。

「アイリーン、元気にしていますか?お前がヨーロッパに渡ってから、もう4年の歳月が流れたのですね。ヨーロッパはオーストラリアと異なり、才能ある人が多いのではないかと思います。そんな中、お前がちゃんとやっていけているのか、心が折れないでやっていけているのか、お父さんは心配で眠ることもできないくらいです。街の人たちも、アイリーンはどうしたのだろう?大丈夫なのかと心配しています」

アイリーンは、父親からの手紙に心を痛めた。私は大丈夫。でも故郷では心配しているのね。どうしたらいいだろう?アイリーンは自分の演奏を録音して家族や街の人に聴いてもらおうと考えた。ごくプライベートな録音だが、お金を貯めて録音してみよう。

録音技師たちは、うんざりしていた。いくらプライベートな録音かもしれないが、こうも素人芸のような演奏が続くとは・・・と。「ハイ、次の人、どうぞ・・・」アイリーンはスタジオにあったピアノで、それまでの修行の成果を披露した。

「な、なんなんだ、いきなり大ピアニストが登場という感じだぞ。アイリーン・ジョイス?誰なんだ?聞いたこともない名前だぞ。素晴らしい演奏じゃないか?しかも若く美しい・・・」

「ジョイスさん、これが契約書です。できれば毎月1枚レコードを録音して頂けませんか?曲はすべて、あなたにお任せします」

この話がイギリス、ロンドンに伝わり、そしてイギリスデビューにつながっていく。超絶技巧を苦も無く駆使し、鮮やかに演奏するアイリーンにロンドンの人たちは驚愕し、そして魅了された。そのピアニストは演奏も素晴らしいが、信じられないほどの美貌をも持っていた。たちまちアイリーンは人気ピアニストとして知られるようになっていった。

アイリーンの人気が絶頂を極めていた頃、それは過密スケジュールとも言えるような活躍ぶりだったようだが、ある男性とアイリーンは結婚している。相手は資産家で映画プロデューサーであるクリストファー・マンという男。彼はアイリーンの容姿、美貌に惹かれ、彼女をただピアニストとしてピアノだけを弾いているのではなく、さらに彼女の特質を生かそうとした。プロデューサー魂がうずいたというのだろうか。「アイリーン、君は美しい。なぜいつも同じ髪型、同じドレスで演奏するんだい?曲が異なれば雰囲気を変えてもいいだろう?ドレスを着替えたらいいんじゃないか?お客様も喜ぶだろう?」「アイリーン、君はピアニストとしても充分に魅力的だけれど、どうしてその美貌を生かそうとしないんだい?君の美しさは銀幕でこそ相応しい。女優になる気はないのかい?」

アイリーンは映画女優としてスクリーンに登場していくことになる。このことがピアニストとしての人気をより強固にしたと共に、一部の音楽関係者から、ある囁きも聞こえてくるようになった。

「彼女はピアニスト、つまり芸術家のはずだろう?女優だなんて、ちょっとはしたなくないかい?」「彼女の演奏会、演奏でなく彼女の胸の谷間に興味があって詰めかける男も多いんじゃないか?」「ピアニストのくせにチャラチャラして・・・」

はしたない、はしたない、はしたない・・・

アイリーン・ジョイス、意外なことに、というか当然にというか、ヨーロッパでの評価が不当に低かったらしい。大衆の人気ぶりは絶大なのだ。でも専門家筋というのだろうか、そのあたりの評価というか評判が芳しくない。なので日本にアイリーン・ジョイスの名前が入ってこなかったのではないか?本場で名を成さなければ、当時の日本には紹介されなかったであろうから。逆に、現在の我々は、アイリーンの演技も、生きざまも、何も知らずに、一人の往年のピアニストとして、純粋な気持ちで彼女の演奏を聴くことができるのかもしれない。

ある日本人女性ピアニストが留学を終え、日本でデビューリサイタルをした。たしか1970年代だったか?すべてのプログラムを演奏し終え、アンコールの前にそのピアニストは客席に向かって一言話した。今でいう「トーク」の感覚だろう。会場の雰囲気が和らいだ(ようにそのピアニストには思えた)。でも専門家筋から非常に怒られたのだそうだ。「演奏だけで伝えるのが演奏家です」「ピアニストが舞台で話すなんて・・・」みたいな?時代を考えれば、そんなものだったのかもしれない。今では、そのあたり、大分柔らかくなってきているように思うが。

演奏だけで伝えるのが演奏家です・・・まぁ、そうだがぁ・・・

アイリーンが活躍した時代、彼女への攻撃、クラシック重鎮たちというか、専門家筋というか、凄まじいものがあったのではないだろうか?

アイリーン・ジョイス、彼女の演奏には現代の名手には消えてしまった、ある種の技巧があるように思う。それはタッチの軽さというのだろうか、あくまでもクリスタルクリアなタッチで、どんなに難所でも楽であり、そして軽い。その鮮やかさが鍵盤を駆け巡る・・・といった爽快感がある。彼女のトーンを「真珠」「ダイヤモンド」とすると、現代の名手のトーンは、ちょっと重い。「岩盤」というか「鋼鉄」というか?

聴いていて驚嘆してしまうのは、やはり往年のピアニストたちが愛奏したようなショウピースとかロマンティックで技巧的な作品の演奏だ。でもあえて、動画はモーツァルトとベートーヴェンの小品にした。豪壮な作品よりも、もしかしたらシンプルな作品で、より彼女のクリスタルクリアトーンが発揮されているのではないかと・・・

ピアニストの素質を決定づけるもの、それは幼少時代からの訓練とされる。そうなのだと思う。〇歳で○○が弾けなければ・・・みたいなことは現代では普通なのかもしれない。小学生がリストやラフマニノフなどをガンガン弾きまくるのにも慣れてしまった。

現在、多くのエリート子ども、子どなちゃんたちがコンクール漬けとなっている年代、アイリーン・ジョイスは彼らと同じような年頃、タスマニアの大自然の中でカンガルーのトゥインクルと草原を駆け巡っていたのだ。

kaz




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コメント

 

心に染み入る演奏

またまた、すばらしい美女!の心に染み入る演奏。

物語がいいですね。
それを伝える貴方の表現力にも感嘆します。
(たぶんピアノでは説得力のある秀演をなさる方と推察いたします)

日本には、こういった(一応)めでたしめでたし系の話は伝わりにくいようで、ディヌ・リパッティのような物語を好む傾向があるようです。(リパッティ!超美形)

しかし、西欧美人の奏でる(☆)佳曲を聴いて見ると、日本人は西洋音楽なんかやっちゃ駄目といわれてるような気になってきます。
自分がピアノを叩いている(△)姿などは絶対に見たくない!

モーツアルト、ベートーベン、辺りまでは昔の演奏のほうが素晴らしいように聴こえます。 最近の演奏には「歌」を感じないのです。

一方、ドビュッシー以降では、最新録音でないと・・・
ギーゼキングのは名演との定評ですが、録音が酷く譜面に描かれている音がちゃんと聞き取れません。音楽が正しく伝わらないので駄目だと考えます。
ドビュッシー、ラヴェル、たくさんCDを買ってるのですが外ればっかりです。

ヴィンテージ系・美男美女の名演を紹介して頂き、ありがとうございます。

ぴあのけものみち #XHMa8J0Y | URL | 2017/04/11 11:31 | edit

ぴあのけものみちさま

最近の演奏には「歌」を感じないのです・・・僕も同じように感じます。感性の問題なのか、それとも技術的な問題も含まれるのか、そのあたりは非常に興味を持っているところです。

奏法というものも、かなり関係があるように思っています。クリスタルクリア・・・という感じが今のスターピアニストにはないところなのかと。

ドビュッシーのピアノ曲は苦手なので、あまり聴かないです。ピアノの響きということを考えると、録音技術の良し悪しというものも関係してくるのかもしれません。往年の歌手、マギー・テイトが歌うドビュッシーなどを聴くと、それはそれは素晴らしいと感じます。ギーゼキングは、あまり(ほとんど)聴かないかもしれません。以前、リカルド・ビニェスのドビュッシーは録音はギーゼキング以上に劣悪ではありますが、とても素晴らしかった。

kaz #- | URL | 2017/04/11 21:49 | edit

マギー・テイト!!!

ありがとうございます。

検索したところ、Maggie Teyte, Alfred Cortot という
空前絶後の録音を見つけました。

すごいです。何を歌っているのか全くわかりませんが
情念がひたひたと伝わってきます。

コルトーというと雑音の中から音楽を拾い出すような
電波天文学的な鑑賞しかできないと思ってましたが
予想以上に音は良く、録音の古さは何の妨げになりません。

頂いた一行のヒントから音楽世界が広がりました。

ぴあのけものみち #XHMa8J0Y | URL | 2017/04/13 18:07 | edit

ぴあのけものみちさま

マギー・テイト、素晴らしいですよね。フランス歌曲の最も偉大なる担い手がイギリス人だった・・・というのも興味深いところではあります。

このブログを書いている目的の一つには、あまり話題になることのない往年系の演奏を紹介したいということもあります。

kaz #- | URL | 2017/04/14 11:49 | edit

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