ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

涙の練習 

 

人前で泣ける人ってどれくらいいるのだろう?映画などではヒロインが美しく泣いたりするけれど、実際にはスーパーでサバの塩焼きにしようかで泣いている人などはいない。でも人前では気丈にしていても、自宅の玄関の扉を閉めたとたん、なんだか泣きたくなってしまう・・・みたいなことはあるかもしれない。泣ける人って、実は物凄く強い人なのかもしれない。僕などはそのような感情になっても、一たび泣いてしまったら、今までのものが総崩れしてしまうような気がして、泣くことは難しいような気がする。泣ける人、感情を出せる人は強いのかもしれない。

そのような誰にでもある感情を音楽が代弁してくれると思ってみてはどうだろう?気持ちは言葉で説明できないからこそ、音楽が代弁してくれると共感もするし、音楽を聴いて泣きたくもなると。器楽曲も感情を代弁してくれる。曲というよりは、なんでもないような4度の音程の箇所とか、微妙な和音の移ろい、下降してくる音型、またはそれを表現してくれる演奏に、無意識の共感、感動があると思う。

本来は、現在自分が演奏、勉強、譜読みしている曲も、そのような共感部分のかたまり、集合体であるべきなのだ。そもそもその曲を弾こうと思った動機ともつながる。でも、ややもすると自分が取り組んでいる曲って「課題」みたいな感覚になりがちだ。自分が弾いている曲、その曲を偉大な演奏で聴いたとしても、「自分との比較」というものが出てきてしまう。「なんでこんな風に弾けるの?」みたいな?

ピアノを弾いている人ならば、自分で弾くという感覚とは無縁の曲を聴くと、自分とはどうたらとか、そのような感覚にならずに、ある意味純粋に音楽に浸れる利点がある。オペラのアリアを実際に自分で歌うわけではないし、発声練習なんか必要でもないのだから。

オペラって、物語があり歌詞が伴うから、人間感情そのままを表現した曲が多い。器楽曲よりも具体性があるというか?大陸を発見した喜び、恋人を失った哀しみ、いろいろあろうが、そのような時の人間の感情をストレートに表現している。実際に自分が大陸発見の経験はなくても、同じ人間なので、どこか「喜び具合」のような、そのような時の心の動きには共感できたりもする。

日頃からオペラに親しんでいる人、もう少し限定すると、ピアニストでありながら、オペラに関わっているような人って、どのような演奏をするのだろう?コレペティトールという職業の人がいる。単なる伴奏者ではなく、時には歌手に指導すらしたりする人。総合的な能力が必要とされるだろうか?オペラに熟知している必要があるだろうし、ソルフェージュ能力もかなり必要だろうと思う。必死に楽譜と指を追う・・・では無理な仕事だと思う。何よりも、オペラのコレペティであれば、オペラを愛していなければできない職業のように思う。オペラや歌が好きで好きでどうにもならない、そのような人。

コレペティの実際の演奏。コレペティのピアノソロって意外と聴けないのかもしれない。この人よりも達者にラフマニノフの3番とか「イスラメイ」をパリパリ弾ける人は多いのかもしれないが、この人のように単音を歌わせることのできる人って少ないかもしれない。まるで歌手のようなベルカントな音。どこまでも伸びる音。声みたい。

目的って人それぞれだ。でも難曲を弾くということよりも、このコレペティのように「歌って弾ける」というようなことをしたい、できるようになりたいと思っている人の方が実は多いような気がする。

多くの音楽に共感してきたのではあるまいか?その共感というものの体験の多さが、このような演奏を生み出したのでは?そう考えると、日頃の練習で、いつものメニューの他に、何をしたらいいのか見えてくるかもしれない。

この人はオペラを聴いて、涙が河になるくらい泣いてきた人かもしれないね。

kaz




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