ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

流麗な演奏 

 

旧採点時代、ジャンプの得意な選手の芸術点が、お約束のように低く抑えられるという傾向があったように思う。たしかに「走って跳んで」という繰り返しのような演技だったら、それも納得だが、ジャンプ以外の要素もいいよね・・・という場合、あまりにジャンプの印象が強い選手の芸術点、「もうちょっと高くてもいいのでは?」みたいな?

マルカンドレ・アムランというピアニストも、その驚異的技巧のため、なんとなく「超絶技巧系ピアニスト」のような印象を必要以上に持たれているような印象。たしかに凄い技巧なのかもしれないが、バリバリ、イケイケ(?)というよりは、流麗・・・というピアニストのような気がする。ただ、個人的には、もう少し「隠し味」というか「コク」というか、流麗さだけではないものを求めてみたくもなってくる。

音楽的にちょっと・・・というよりは、音そのものが流麗すぎて、サラサラとしすぎているような印象。これは現代の優れているとされる演奏に共通しているように思う。そこがちょっと物足りないので、往年系の巨匠の演奏に惹かれるのだと思う。

音の発音、その発色の鮮やかさというのだろうか?そこをもう少し味わいたいなどと現代の名手、スターの演奏を聴くと感じたりする。あまりに横の流れが流麗すぎてしまって、音そのものを味わえないような?一瞬の響きの移ろいとか、音の変化の思いもかけないような変化により、聴き手を陶酔の世界に誘う・・・そのような魅力がもう少し欲しいというか?

ポール・ド・シュルーザーのエチュード、現在ではまず演奏されないような曲だが、この曲、かつては往年の巨匠というか、昔のピアニストのレパートリーでもあった曲。アムランの演奏、もうこれは「現代の理想のピアノ演奏」と、誰もが目指すような流麗な演奏なのではないだろうか?楽々だし、音楽的にも申し分なく流麗な演奏。

ただ、もう少し音の発色というのか、クリスタルクリアなサウンドというのか、そのようなものが欲しくなる。もうちょっと「コロコロ」というか?駆け巡るコロコロ・・・というか?このあたり、ボキャブラリーがあまりに貧困でうまく説明できないが。

ここまで弾けたらピアノも楽しいだろうな、ここまで楽々に弾けたらいいな、ここまで余裕があったらな・・・そうは感じる。そう、流麗なのだ。でも「コロコロ」なクリアな感じも欲しい。

kaz




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