ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ノクターンが苦手な人 

 

初ショパンの曲って何だっただろう?先生に無断で勝手に譜読みした曲はワルツだったと記憶している。Op.69-2だったかな?「幻想即興曲」という人も多そうだ。あとはノクターンとか?いきなり舟歌とかソナタからショパンに入るという人は少ないだろうと思う。

さて、入門ショパンのワルツやノクターン、その難しさって何だっただろう?おそらく、左手が規則的、右手はショパンっぽく・・・というところが難しい。メロディーを律儀に左手に合わせると、妙にチェルニーっぽいショパンになってしまうというか?「ただ左手に合わせています」のような直線ショパン風?

「もっと歌って~」とレッスンなどでも言われたり。右手に左手を合わせる?基本的にこれが難しい。規則性のある左手の動き、つまり音型の同じものが連続しているのには、やはり意味があるのだ。それを大胆に崩して歌ってしまうのはいけないような?まず停滞してしまうのでは?「私はどこまで沈むの?」と思うくらい音楽が停滞してしまうはずだ。

歌って~

往年の巨匠たちの演奏、パッと聴くと、もの凄くルバート多様の自由自在な演奏に聴こえる。「えっ、こんなに歌ってもいいの?」なかには「今はいけませんっ!」という先生もいるのかもしれないが、僕のように、そのような演奏を「素敵!」と感じてしまう人もいるかもしれない。

ルバートとは「盗む」という感覚。全体をやたら遅くするとか、停滞してしまうのではなく、連続性のあるものとの対比で「歌っているように聴こえる」ように弾く・・・みたいな?連続性のある律動パターンから、一部の感覚を盗む。盗んだら返却しなければいけないから、そのあたりが表現の鍵となりそうだ。

コチャルスキのノクターン。ショパンの孫弟子ということになる。一見(一聴?)歌いっぷりが凄い。でも左手だけをよく聴いてみる。最初の印象の「大胆に歌いまくる」とは反対に、意外と規則性がある?テンポ動かしがないというか、いつも同じというか?右手は歌うのだ。時間を拝借する感じ?でも左手はそうしない。往年の巨匠の演奏によくあるのが、左手と右手の発音をずらすということ。これって、もしかしたら左手からの右手ルバート拝借の時間差からくるものでは?

また、左手だけ聴いてみると、意外とペダルが少ないような?響きの混沌とした埋没感がなく、クリア。これって、よほどメロディーの発音がいいのだ。単音が伸びるトーンというか?ぺダルなしで単音がポ~ンとどこまでも伸びていく。指のコントロールがかなり繊細なのでは?大雑把に全体で変化をつけるのではなく、「音」で自由自在の変化がつけられるのでは?

左手は機械的でない規則性。呼吸というか?右手がその間を自在に歌うのだ。でも乗り遅れたり、停滞してはいけない。左手は先に進んでしまうから。そこには乗る。でも律儀に合わせたら機械的になる。

左手は伴奏者、右手は歌手、ベッリーニの歌曲とかオペラのアリアを聴くといいのかも。「歌を聴け」とはよく言われることだ。でもピアノって実践が難しいんだよねぇ・・・

kaz




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