ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

G線上のアリア 

 

ピアノを弾いていくうえで、何を目標とするか、それは人それぞれなのだろう。美しく弾きたいとか、できるできないは別として、自分が鑑賞者として受けた感動と自分の演奏とを切り離したくないとか、そのような人もいれば、憧れの曲が実際に自分の手で音になっていくということ、それが楽しいという人も中にはいるだろう。この場合、曲のレベルが上がっていく、つまり徐々に難曲に挑戦してくということに満足感を感じる人だっているかもしれない。どう弾くかよりも、何を弾くか、○○という曲が弾けるということが重要な人もいるのかもしれない。そのようなことって人それぞれなのかもしれない。

60歳からピアノを始めた人がいるとする。トツトツと弾いているだけで楽しい。たまにはサークルなどでも演奏してみる。非日常性を感じるし、ちょっとおしゃれをして都会の素敵なサロンで演奏する。いいことなのでは?その場合、どう弾くかとか、こうすればもっと美しく弾けるのに・・・のようなことがあったとしても、その人が楽しければいいのかもしれない。美しくとか、もっと弾けたらとか、全員が思う必要もないというか?その人がその時点で満足しているのだったら、それはそれでいいのでは?

ピアノ教室の現場でもそうかもしれない。生徒は別に職業ピアニストを目指しているのではないのだ。あまりヤイヤイと細かな事を言っても・・・

この生徒がそれなりに音楽とかピアノに楽しめればいいのでは?どう弾くか、そこまで考えないピアノ・・・それもありなのでは?人それぞれなんじゃない?

昔受講したサナトロジーの講義を思い出す。70歳を過ぎた、ある末期癌の女性の話だ。その女性は命の有限性というものを考えた。「私は残された人生、何をしたいのだろう?やり残しということで後悔することって何だろう?」その女性はヴァイオリンを弾きたい、弾けるようになりたいと感じたのだそうだ。音楽とは無縁の人生だったし、子どもたちを育てることで幸せな人生でもあった。いきなりヴァイオリン?周囲は驚いたが、自分でも驚いた。「私はヴァイオリンに憧れていたんだ。少女時代から。でも、ヴァイオリンを弾くとか習うなんて、私にはあまりにもかけ離れたことだったし、元気な頃は考えもしなかったけれど、本当は弾いてみたかったんだ・・・」

その女性はバッハの「G線上のアリア」を弾きたいと思った。大好きな曲だ。でも自分で弾きたいと思うなんて。いや、本当はずっと思っていたのかもしれない・・・70歳を過ぎて、もうすぐ死ぬのに、一からヴァイオリンを習う?教えてくれる先生なんているかしら?

「ああ、でもあの曲が弾けたらどんなにいいだろう?死ぬ前に、治療がもっと辛くなってヴァイオリンどころではなくなる前に、弾いてみたい」

予想以上に高齢になってからヴァイオリンを習うことは難しかった。「音を出すことがこんなに難しい楽器だったなんて・・・」でも先生は根気よく熱心に指導してくれた。「来年、発表会があるの。出演するのは子どもたちがほとんどなの。そのような意味で、あなたは出にくいかもしれない。でも憧れのバッハ、そこで弾いてみない?せっかく習っているのだから・・・」

初めての人前での演奏、自分なりに精一杯弾いたし練習もした。憧れのヴァイオリン、憧れの「G線上のアリア」を弾いたんだ・・・

もう思い残すことはない・・・

でも初めての人前での演奏後、その女性はこう思った。自分でも不思議だが、こう思ったのだそうだ。「弾けた。そう、憧れの曲が弾けた。その意味では満足だ。でも、私はもっと上手になりたいと今思っている。こんな気持ちになるなんて。もっと美しく弾きたいとか、上手になりたいだなんて。プロになるわけでもないし、私はもうすぐ死ぬかもしれないのに。ヴァイオリンが上手になったからどうなるというの?美しく弾けるようになったからどうなるっていうの?でも上手になりたい。もっと美しいヴァイオリンを弾いてみたい」

最後のレッスン、その女性はヴァイオリンの先生にこう言ったのだそうだ。「もう本当に最後なんです。癌とは闘ってきましたが、もう終わりです。緩和ケアに移行します。私の決断です。レッスン、ありがとうございました。憧れの曲を人前で弾けたのはとても嬉しかった。でもその後、なぜだかもっと上手になりたいと思った。そんなことしてどうするの・・・なんて先生は仰らず、難しい課題を私に与えてくれた。人生の最期でも私は成長することができた。美しいものに憧れて触れようとしたし、そのような気持ちになれた。弾けたことよりも、それが何よりも嬉しかったです」

kaz




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