ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

聴き手が失神する時 

 

フランツ・リストの人気は物凄いものだったらしい。聴いている最中(見ている最中?)に失神してしまう女性も(男性も?)いたとか?想像はできる。リストの直弟子たちの演奏は、録音で聴くことができる。彼らの演奏から想像すると、師匠であったリストの演奏は失神を誘うに充分だったような気はする。

ロックスターのコンサートならまだしも、現代、クラシックの演奏会で人が失神したという話は聞かない。会場で具合が悪くなったというケースはあろうが、演奏に魂を奪われ失神してしまったということは今のクラシックの演奏会であるのだろうか?でも、それに近い状態になることはあると思う。僕の経験からもそう言える。陶酔・・・という状態を抜けると、そんな感じに近くなるだろうか?でもそのような演奏って非常に少ない。

バロック期の音楽、日本の場合だと、特に大バッハに対してその傾向があるように思うが、必要以上に「キリスト教大元締め」のように扱うことがないだろうか?神聖、神々しい、崇高・・・のような?まぁ、そうなのだろうが、そこに「魅惑的」とか「人間愛」のような要素が含まれると、その神聖さを汚すかのような?レッスン室バッハって、割とこの「キリスト教大元締め」のようなバッハに近いような気がする。ペダルによる魅惑的な響きは神聖なるバッハの音楽を汚す・・・のような?

バロック期でもドイツからイタリアに飛ぶと、一気に「失神」ワールドに突入のような?これって不思議だ。バッハの音楽でも失神・・・性的衝動(?)に近い感覚を否定しなければ、ドイツもイタリアもないのだろうが。

これに近い状態、実際にあったのではないだろうか?失神の理由、実は換気不足、コルセットの締めすぎ・・・ということだったのだろうが、やはり失神の理由はファリネッリにあったと思いたい。

肉惑的なバッハ、あるいはバロック音楽っていけないのだろうか?

kaz




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