ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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カーネギーホール 

 

マリラ・ジョナスはニューヨークのカーネギーホールの前に立っていた。新天地アメリカ、そこでピアノを弾く。ピアニストとして、ポーランド人として、そしてユダヤ人として。

客席はガラガラだった。辛うじて招待席に人がチラホラいる程度だった。いくらルビンシュタインの推薦があったからと言って、無名のポーランド移民の女性ピアニストなんて、誰も関心がなかったのだ。

でもカーネギーホールにいた僅かの人々の魂をマリラ・ジョナスのピアノは揺り動かした。彼女のショパンは哀しみに溢れ、そして愛に溢れていた。ポーランドそのものだったのだ。

「聞いたこともないピアニストだが、素晴らしい。こんなショパンがあっただなんて・・・」

やがて「凄いピアニストがいるらしい・・・」と口コミで広がっていった。「とにかく哀しいんだ。訴えてくるんだ」

彼女がそれからピアニストとして活動していたのは約10年間。逃避行での体験が辛すぎたのだろうか?彼女からエネルギーというものを奪ってしまったのだろうか?最後の灯としてショパンを演奏し続けたかのように、マリラ・ジョナスは若くして亡くなった。

マリラ・ジョナス・・・享年48

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