ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

愛のワルツ 

 

子どもの数が減っている。昭和時代ならまだしも、今はピアノ教室は生徒獲得(?)というのも切実な問題なのかもしれない。だからこそ、教材研究とか興味を持たせるレッスンとか、さらには生徒募集に直結した「ブログの書き方セミナー」などというものも存在するのだろう。このようなノウハウのようなものも必要なのだろうが、このような時代だからこそ、もうちょっと根源というか、「なぜピアノを習うのだろう?」みたいなことを掘り下げていってもいいのかもしれない。

ピアノを習う理由、それは「ピアノが上手くなりたい」からだろうか?そうだろうか?ピアノが他の多くの習い事と異なることは、「その時間に頑張る」という習い事ではないことだ。スイミングクラブとか、自宅練習ってあまりしないのでは?ピアノは自宅練習なしには考えられない習い事だ。でも、そんなことは親だって子どもだって知っているのでは?だからこそ「なんのために習うのだろう?」ということは押さえていた方がいいような気がする。練習そのものが快楽・・・という人はあまりいないと思うし。

街のピアノ発表会を聴きに行ったと仮定する。3分の曲を10分かかって、つっかえながら演奏している、ほぼそのような生徒ばかり、これでは「ここで習おうかしら?」とは思わないのではないだろうか?反対に鼻息荒くというか、「コンクールに入賞させるのですっ!」のような発表会も、あまり魅力的でもないのでは?その中間・・・みたいなところがいいのでは?でも中間ってどんな?そこが難しいところだ。

表現・・・なんとなく、弾けてから、上手になってから伴ってくるもの・・・みたいに思っている人も多そうだ。上手になったら表現できるみたいな?そうだろうか?

上手になってから表現・・・ではなく、表現したいからピアノを弾くのではないだろうか?そもそもの根本の部分、表現したい・・・上級者になってからとか、上達してから・・・ではなく、表現したいから習う。

これからの時代、この部分が大事になってくるような気がする。ノウハウというよりも根っこ部分。

お父さんは娘の結婚式でギターを弾いた。「愛のワルツ」という曲だ。結婚式にしては哀しい曲のようにも感じる。でもお父さんは表現したかったのではないだろうか?娘への気持ち、育ててきた、共に生きてきた歴史・・・

娘も、お父さんの演奏を聴いて切なかったかもしれない。いや、お父さんの愛情を感じたのかもしれない。言葉にはできない。だからこそお父さんは音楽で表現したのではないだろうか?

上手になりたいから習っているのだろうか?練習しているのだろうか?



kaz




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