ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

懐古趣味なスケートファン 2 

 

アイスダンス競技にデュシュネ兄弟が出てきた時、ジャッジの評価は真っ二つに分かれたものだ。それぐらいに、それまでのダンスの概念を変えた演技だった。優雅とか、ダンスフロアを氷上に・・・のような演技ではなかったのだ。昔のアイスダンスのテレビ解説でよく聞いたのが「もう、ここまでになるとジャッジの趣味の問題ですね」というフレーズ。どちらも素晴らしく、どちらも個性的、どちらに一位をつけるかは、もうこれは点数のような客観的なものではなく、主観的要素・・・というように当時、僕は解釈した。おそらく、そのような意味だったのだろうと今でも思う。

スペインのフラメンコ、アルゼンチンのタンゴ、どちらが素晴らしいでしょう?これは答えが出せないのではないだろうか?これに近いことが、かつてのアイスダンスではあったように思う。

スポーツなのだから、それではマズいでしょ?僕もそう思う。選手、或いはカップル同士を比較するのではなく、演技そのものを評価するという現在の採点システムはいい方法なのだと思う。昔は開催国の選手が有利だったり、実績のある選手が有利だったり、滑走順で有利、不利があったりしたらしい。ジャンプそのものは転倒はしないまでも、現在の基準であれば、加点などはできないジャンプが、かえってドラマティックな効果さえ生んで、観客を盛り上げる・・・なんてこともあったような気がする。「あっ、降りました!!!」みたいな?

旧採点システム、6.0とか一応点数で出るけれど、あれは点数ではないのだ。ジャッジが何位をつけたのかということなのだ。技術点5.9 芸術点5.9 それに対して技術点5.9 芸術点6.0であれば、こちらが一位だよ・・・という意味なのだ。そう考えると、各エレメンツの出来栄えとか、厳密に加点、減点し、技術的な要素の難易度も点数に加えられるという考えの現在の採点システムの方が、スポーツ的というか、少なくとも公平性はあるだろうと思う。エレメンツの質の向上ということもあるだろう。大技で一発逆転・・・みたいなことは現在では非常に難しいと思うから。

全体印象よりも、一つ一つの細かな要素を厳密に採点していくというのかな?チマチマ型というのかな?スポーツなのだから、それは正しいのだと思う。でもシングルやペア競技ならいいと思うが、アイスダンスの場合だと、難しいというか、積み上げコツコツチマチマ採点というものと合わないところもあるのではないだろうか?

一つ一つのエレメンツはどうであったか・・・という視点では評価できないような印象・・・といったものも(かつての)ダンスにはあったのではないか?そのような意味で1990年のデュシュネ兄弟の演技は点数化の難しい演技なのだと思う。クラシカルなイギリスの社交ダンス風のカップル、対して南米民族趣味というか、土着性のあるオリジナルプログラムのカップル、どちらも見事に演技したのだったら、どう採点すればいいのだろう?かつてのアイスダンス競技、ピアノ(だけではないが)コンクールの採点基準の難しさと同じようなところがあったのではないか?

その難しさ、採点の難しさを回避することによって、採点に客観的要素(機械的要素?)が強まることにより、皆が高得点を狙い、演技が同じようなもの、似たようなものになってしまうということもあるのではないだろうか?

アイスダンス黄金時代再び・・・と願っているファンの一人の主観的、独断的感想。

kaz




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