ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアノの蛇腹 

 

ピアノは打鍵して音を発してしまったら、引っ張ることはできない。歌やヴァイオリンのように、発音後に音を作ることはできない。発したら終わり・・・というのはピアノならではの難しさかと思う。鍵盤をギュウギュウ押し付けて入魂しても音は変化してくれない。

一つの音を・・・というより、様々な音の組み合わせによって、ピアノの表現は決まってくるような気がする。ピアノの特殊性というか?「歌っているようなピアノ表現」というものはあると思うが、一つの音を発した後、別に音が自然に歌ってくれるわけではない。組み合わせによる錯覚効果みたいなもので「歌っている」という演奏と「ただ正確に押している」という演奏に分かれるのではないか?

バンドネオンの蛇腹、これはピアノにはない。この蛇腹がピアノにもあったなら・・・などと思う。入魂しながら音を作れるのが非常に羨ましい。それは弦楽器や声楽の演奏にも感じたりする。「いいなぁ・・・」と。

ピアノは打鍵後の音は減退する、この法則は誰にでも平等にあるような気がする。ボールを落としたら、才能ある人はボールが浮かぶなどということはなく、同じように引力によってボールは落ちていく・・・のように。でも実際には歌っているピアノと、押しているというか、ただ音を並べてしまうようなピアノというものには分かれる。条件は同じはずなのに。

ピアノの場合、打鍵前、打鍵瞬間が命・・・のようなところはないだろうか?打鍵前の「意識」「準備」「コントロール」が命というか?発音後に入魂し歌おうとしても遅いのだ。それがピアノの特性。

意識と打鍵が同時では遅いのだ。弾く、一瞬前が鍵となる。つまり、弾いている音の前に頭の中で指令を出し、指がコントロールしていなければならない。ピアノは「先先」という楽器なのかもしれない。手よりも脳は先に進んでいるような感覚?

この感覚は、いわゆる楽譜を「ガン見状態」では無理のように思う。この状態は打鍵と脳(頭)が同時だと思うから。本番で楽譜を置くかどうかということよりも、日頃の練習で楽譜、つまり視覚的なものに依存しすぎるような感覚でいると、どうしても「先先」ということよりも「同時」ということになりがちなのではないか?同時では遅いのだったら?

一つの音を鳴らす。その次の音は、脳みそが指令して手に伝わっている必要がある。指令は発音してしまった音から耳で判断される。この行為をピアノの場合、発音前の一瞬で行う。頭に楽譜を入れる、覚える、本番で楽譜をどうこう・・・というより、日頃から「先先」ということを意識するならば、「暗譜」という概念も日常から取り入れていく必要はあるのかもしれない。視覚的確認を必要としない状態の方が、脳からの指令は、はるかに出しやすいような気がする。

ピアノには蛇腹はないのだ。

kaz




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