ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

根底にある「ねえ、見て見て・・・」 

 

今月25日の自分のコンサートに関して、今日は申し込んでくれた方たちに案内のメールを送信した。本番までオフの日は2日しかないので、このようなことは計画的にこなしていかなければならない。でも嫌いではない作業であることも発見した。申し込んだのにメールが届いていないという方は、お知らせ下さい。

むろん、弾くということに重圧感などは感じていなければならないのだろうが、なんとなく遠足を待ちわびる小学生のような気分でさえあるのだ。これは一体どうしたというのだろう?本番10日前なんて青くなっているのが普通だろう。

個人的には、発表会やサークルの練習会などで一曲か二曲を弾くという方が、曲の表面的な出来栄えに関して「どうしよう・・・」などと思うのを発見した。コンサートでは一人で沢山の曲を弾くので、細々した出来栄えがどうこうよりも、全体的なものを考えるからかもしれない。

おそらく、子どもが初めて補助輪なしで自転車に乗れた時のような?「ねえ、ママっ!見て見て・・・」のような?そんな感覚なのだ。25日、僕は自転車には乗らないけれど、「ねえ、聴いて聴いて・・・こんなにいい曲なんだよ」みたいな気持ちは今の僕の根底にあるのだろうと思う。さすがにこのような気持ちになるのだとは想像はしていなかった。

トークを交えるということもウキウキ感を感じる理由だと思う。人前で話すのは得意ではない。多くの人はそうなのではないかな?でも作曲家が残した曲には「気」とか「念」があるんじゃないかな?曲について調べたりすると、そのような「気」や「念」を感じたりしてきて、それを話すことに、とてもワクワク(ウルウル?)してくるのだ。

「ゴイェスカス」を弾くのにゴヤのことを知らないというのもどうかと思うので、調べたりすると、有名なゴヤの絵画、彼が聴力を失ってからのものなんだね。知らなかった。そのゴヤの絵画絵巻を音で表出したグラナドス。グラナドスの愛を感じる「マハとナイチンゲール」この曲はただボーッと聴いても素敵な曲だが、奥さんのアンパーロに捧げられている。グラナドスは大西洋上で溺死している。乗っていた船がドイツの潜水艦の攻撃により沈没する。グラナドスは一度は救助船に助けられるのだが、波間に溺れているアンパーロを助けるために、もう一度海に飛び込む。そして二人とも亡くなってしまった・・・

「マハとナイチンゲール」はアンパーロへの愛をサウンド化したものではないだろうか?そんなことを話そうかと計画するのもとても楽しいのだ。

「ねえ、こんなにいい曲なんだよ、聴いて聴いて・・・」この気持ちは、考えてみると、人前でピアノを弾く時の動機のようなものに思えてくる。曲を弾く「自分」のことは結構どうでもいいというか・・・

失敗したらどうしよう?暗譜が飛んだらどうしよう?むろん心配はしているのだろうが、それって自分のことなんだとも思う。それよりも「ねえ、聴いて聴いて、この曲の、この部分を聴いて・・・」という気持ちが圧倒的に強いのだ。

ブログを書く動機も似たようなところがあるのかもしれない。

某所でとても楽しい動画を見つけた。そうすると「ねえ、見て見て」と思うのだ。

kaz




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category: リサイタル

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