ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

どうしても聴く気になれない 

 

今月28日は野谷恵さん主催のチャリティーコンサート。日暮里のサニーホールって、サロン的な小さな会場もあるけれど、チャリティーコンサートは、そちらではなく大ホール。400人以上のキャパなのでは?なので当日券もある。出演者として、一人でも多くの人に聴いて頂きたいという想いは非常に強い。

「愛の夢のつづき」という野谷さんのブログを読んでいて、非常に哀しく感じた。ある方からのキャンセルの理由。「どうしても聴く気になれない」というもの。だからキャンセルすると・・・

この「どうしても聴く気になれない」というメッセージを、わざわざ野谷さんに送った人、基本的に募金活動と演奏というものとが結びつくのを快く感じないのか、つまり、チャリティーという概念そのものに違和感を感じるのだろうか?

有料の演奏会、全額寄付、では演奏そのものは、たいしたものでもないのでは・・・という思い込み?どうなのだろう?でもその方は寄付金の3000円、つまりチケット代金分は演奏の対価として期待すると書いていたみたいなので、おそらく出演者の経歴のようなものが気になったのかもしれない。出演者の経歴はチラシなどには一切書かれていないから。

誰でも知っている有名な人、超難関音大卒業生、コンクール入賞者、CDを何枚も出している人、このような、いわゆる「立派な経歴の人」がいい演奏者であって、そうではない人たちは聴くにも値しないということなのだろうか?無名の人、素人、そのような人たちの演奏?どうしても聴く気になれない・・・ということなのだろうか?

そのように感じる人がいても不思議ではない、というか、感じ方は人それぞれでいいような気もする。そのような人は28日のコンサートなど聴きに来ないだろうし、万が一聴きに来たとしても、ある種の偏見、「どうせ無名の人たち」みたいな耳で聴いたとしても、演奏そのものは心には響かないはずだ。頑なな感性で聴いても・・・

そのような頑なな人は、立派な経歴の人の演奏には、いつでも拍手喝采なのだろうか?

「どうしても聴く気になれない」僕自身は、この言葉を「素人分際の演奏なんて聴く価値はない」というメッセージだと受け取った。

ただ「哀しい・・・」と感じた。

どうしても聴く気がしない、立派な経歴の人こそ本物と思う、そのように感じる人に見て頂きたい動画がある。この動画の中の「人種」という言葉を「経歴」という言葉に置き換えてみればいいのではないだろうか?

kaz




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