ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

飛び出せ、カール! 

 

チェルニーが好き…という人はあまりいないのではないかと思う。僕自身はピアノ教室挫折組なので、チェルニーへの憧れみたいなものはある。それは「わぁ、やっと黄色い帯の本♡」みたいな進級の憧れみたいなものではある。満足に1冊の本が終了できなかった人ならではの憧れ?あっ、終了した本もあったな。「バイエル上巻」は終わったのだった。あとの本は数曲弾いてという感じだったかな。

そのような個人的感情は別としても、チェルニーの練習曲って、ある種のエクスタシーさえ感じる。これって変だろうか?そもそも高速で敏捷なスケール、音型って躍動感を感じるし、運動美のような快感を、聴いていても感じるのだ。洒落た美メロディー、陶酔メロディーが存在していなくても感じるエクスタシー。ショパンのエチュードもそんなところないかなぁ?つまり「音型美」のようなものを感じる。

でも不思議なことに、音色として、どこか軽やかでないと、たちまち「困苦」「根性」のようなサウンドになってしまう。ガリガリというかバリバリというか、そんなに鍵盤の底を叩かなくても的なカールは魅力的ではない。ピアノ教室で繰り広げられているであろうカールは、どこか「根性カール」になっているようにも推測する。それだと辛いだろうなと思う。なので皆嫌うのだろう。

もし、古タイヤを引っ張りながらうさぎ跳びをしているカールではなく、孫悟空のように軽やかなカールだったら、人前演奏で弾いても映えるのではないだろうか?充分に魅力的だと思う。

たしかに、ソロピアノリサイタルで「カールの夕べ・・・エチュードを集めて」というのは辛いものがあるだろうと思うが、サロン的な演奏会などで数曲チェルニーを弾いてみるというのも面白いかもしれない。「えっ?これってチェルニー?」みたいな?

なぜ巷のピアノ教室で根性カールが繰り広げられてしまうのだろう?もしかしたら教師の自らのカール経験が根性そのものであった可能性がある。「きゃっ、楽しい・・・」「きゃっ、軽快♡」というカールサウンドではなかった。それをそのまま・・・では生徒も気づかないのではないだろうか?良薬口に苦し・・・ではなく、本来は躍動美さえ感じるものなのかも。

この動画、映画の一部分なのだろうか、実際に弾いているように思う。吹き替えではないよな。このようなカールだったら楽しいと思う。演奏効果抜群だし、抒情的な曲の間にパッとこのようなカールを入れてみたらプログラムとして、とてもいいのではないだろうか?少なくとも、聴いていて僕はワクワクした。

レッスン室を飛び出して、舞台でカールを弾いてみたら面白いかもしれない。スケールの連続ってワクワクするものなんだ。発想転換をするだけで空飛ぶカールに出逢えるかもしれない。宿題の課題とだけ思わず、レパートリー候補として今弾いているカールを弾いてみたらどうだろう?

それにしても、この映画、何なのだろう?とても気になる。

kaz




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