ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

カールマンの哀愁 

 

ユダヤ人迫害により、多くの音楽家がヨーロッパからアメリカに渡ったことは知られている。ヨゼフ・ホフマンはフィラデルフィアのカーティス音楽院で、そしてレヴィーン夫妻はニューヨークのジュリアード音楽院で、それぞれ後進の指導にあたった。日本のピアノの源流を辿っていくと、音楽取り調べ掛とか、メーソンとか、あるいは「バイエル」などといったものに辿り着く。ドイツっぽい感じ?日本はドイツ式みたいな?アメリカの場合はロシアというものが、ピアノ源流の源となっているのではないだろうか。ロシアという言葉をそのままユダヤ人という言葉に置き換えてもいいのではないかと思ったりもする。

ピアノという狭い世界のことだけではなく、さらにクラシック音楽という枠さえも超えて、アメリカに渡ってきたユダヤ人たちを除いてしまうと、アメリカのショービジネスというものさえ成り立たないような気もしてくる。ブロードウェイのミュージカル、ハリウッドの映画産業等々。現在のアメリカ音楽文化とユダヤ人とは切り離しては考えられないとは思う。ホロヴィッツやハイフェッツなしにアメリカの音楽、演奏、流派のようなものは考えられないのでは?

ブロードウェイのミュージカル、東欧のユダヤ文化であるイデュッシュ劇が発展し、現在のようなミュージカルになっていったという解釈がある。それは正しいとは思うが、ウィーンで花開いていたウィンナ・オペレッタというものも、ミュージカル発展に大いに貢献していたのではないか?

エメリッヒ・カールマン、ハンガリー出身でハンガリー色の濃いオペレッタを残している。彼はユダヤ人だった。迫害を避け、多くのユダヤ系音楽家と同じく、彼もまたアメリカに渡った。アメリカで初演されたオペレッタも存在するらしい。彼ら、オペレッタ作曲家もミュージカルというものの発展に無関係ではないように思う。オペレッタとミュージカルって、どこか同じ空気感があるようにも感じるし。

「モンマルトルのすみれ」というオペレッタ、舞台こそパリで、オペレッタ版「ラ・ボエーム」といった感じだが、このオペレッタは有名であるとは言えないだろうと思う。海外では上演されることもあるみたいだが、日本ではアマチュアの歌劇団が上演した記録があるだけだ。それはそれで実に素晴らしい偉業だとは思うが、知られていない作品ではあると思う。そもそも、カールマンなんてオペレッタに興味を持つ人以外、あまり知られていないのでは?レハールやヨハン・シュトラウスならともかく・・・

ピアニスト、スティーヴン・ハフが「モンマルトルのすみれ」、しかも、その中でも地味目の「初めての口づけもしらずに」というテノールのアリアを編曲しているのには驚く。画家ラウルの甘い甘いアリアだ。ハフは相当オペレッタというものに精通しているのではないだろうか?

♪ 君は本当の愛というものを、まだ知らないんだね?だからそんなことを言うんだね?

アリア「初めての口づけも知らずに」をここで歌っているのは、古い古い(?)歌手、ルドルフ・ショックという人。この人はキャリアを築く時期に徴兵されたりして、かなり苦労した人のようだ。偏見とも戦った人。聴いてみるとヘルデン系の声のように感じる。ワーグナーも得意としていたようだ。でも彼は、カールマン作品のようなオペレッタも歌ったし、ポップス系の曲も歌った。

「ショックという歌手は才能の無駄づかいをしている」「彼は軽薄な歌手だ・・・」「ポピュラー音楽などを歌うなんて・・・」

彼は、それらの意見に意識的に対抗し、オペレッタを歌い続けた。ヘルデン系でオペレッタも・・・という歌手、イェルサレムとかルネ・コロといった歌手を思い浮かべるが、彼らが活躍できたのは、ルドルフ・ショックが茨道を開拓したからではないかとも感じる。このようなことは「文化」と捉えてもいいのではないかと思う。

kaz




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