ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

マダムの街、センベロの街 

 

コンサートではジーツィンスキーの「ウィーン、わが夢の街」を演奏する。ヘルマン・プライの歌唱を聴きながら自分でピアノ用に編曲(耳コピ?)した。この曲は歌詞もメロディーも郷愁そのものだ。ウィーンに住んだことはないのだが、僕でも郷愁を感じる。

ボストンやブロンクス(マンハッタンにはあまり・・・)の風景をドラマや映画で見ると、やはり胸がキュンとしたりする。これも「懐かしさ」を感じるからかもしれない。難点はブロンクスって犯罪の巣窟みたいに思われているから、あまりドラマや映画の舞台になることはない。マンハッタンは多いんだけど。

世田谷区、成城って「マダムの街」という印象。最寄駅は成城学園前ではないけれど、頑張れば歩いて行ける地域に住んでいる。「あら、奥様・・・オホホホ・・・」昼間の喫茶店(ティールームと表現すべきか?)など、まさにマダムの世界だ。あまり郷愁とか懐かしさを感じる風景ではないし地域でもない。

「センベロの街」立石。昔はここに近い地域に住んでいた。こちらも頑張れば歩いて行ける地域だった。センベロとは千円でベロベロに酔える店が(昼間から)沢山あるという意味のようだ。基本的にアルコールとは縁のない生活なので、センベロの街に足繁く通ったという想い出はないのだが、それでも「奥様・・・オホホホ」よりは懐かしさを感じる。これって郷愁?

「お兄さん、目が高いね。鰹節はこっちだよね・・・」その地域は気軽に鰹節が買えた。今住んでいる所では難しい。パックになったものは山ほどあるけれど。自分で削ると出汁の味が違うんだ。「旦那、サバのいいのがあるよ。スーパーじゃ一人分なんか買えないだろ?」この雰囲気、懐かしい。懐かしき商店街。

ルドルフ・ジーツィンスキーはウィーン子だった。なので「ウィーン、わが夢の街」という曲、異国の地での郷愁というものとは異なる。でも郷愁なんだよね。観光客に馴染みのウィーン、高級なデメルのお菓子のようなウィーンではなく、センベロのウィーン。

「旦那、今日は仔牛肉のいいのが入ったんだ。あんたには安くしとくよ。いいかね、肉が薄くなるまでしっかり叩くんだよ。上手いシュニッツェルになるよ」

「奥様、オホホホ」のウィーンではなく「旦那、いいのがあるよ」のウィーン。「ウィーン、わが夢の街」はセンベロのウィーンなのだ。

ルドルフ・ジーツィンスキーはアマチュアの作曲家だった。本職はウィーン市の公務員。市役所を定年退職まで勤め上げ、そしてセンベロウィーンの曲を沢山書いた。素敵じゃないか?

ルドルフ・ジーツィンスキー、ウィーンを愛した男、そしてウィーンの街から愛された男。


「ウィーン、わが夢の街」  詞・曲  ルドルフ・ジーツィンスキー



喜びも 悲しみも すべてこの街に
夜も 昼も 心の故郷
誰にでも愛される 私の故郷
彼方から聴こえてくる歌声

ウィーン、ウィーン、お前は僕の夢の街
幸せ溢れる 夢の街


いつの日か この世に別れを告げるだろう
晴れわたる大空に この身は漂う
遥かに見下ろすシュテファン寺院
永遠の別れを告げよう
彼方から聴こえてくる歌声

ウィーン、ウィーン、お前は僕の夢の街
幸せ溢れる 夢の街


kaz




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