ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

夢は窓辺を過ぎて 

 

「振り返るんじゃない。決心が鈍る。絶対に後ろを振り返るな。そのまま前だけ見つめて飛行機に乗りなさい」父親の言葉を心の中で繰り返しながら、それでも最後の瞬間にHは振り返ってしまった。そこにはもう父親の姿はなく、涙で曇った空港の風景だけがあった。

僕は人生において、このような経験はしたことがない。まぁ、大変なこともあったが、生きている親と二度と会えない、二度と自分の祖国の土を踏めない、このような経験はしたことがない。

ジョージの両親は、Hのように飛行機ではなく、時代を考えると船舶でニューヨークに到着したのであろう。船でニューヨークに着く、まず彼らを出迎えるのはリバティ島の自由の女神像であると思う。鎖、足かせをちぎり、自らの足で踏みつけている自由の象徴である像。当時、船の甲板から、移民たちはどのような想いで自由の女神像を眺めたのだろう。

祖国で積み上げてきたものを捨ててきたはずだ。一からのやり直しを意味したはずだ。心機一転、でも祖国を忘れることのできた人なんていなかったんじゃないかな?

ジョージ・ガーシュウィン、ジェイコブ・ガーショヴィッツは1920年代にウクライナの合唱団のニューヨーク公演を聴いた可能性がある。その時合唱団のメンバーはウクライナの子守歌を歌った。「夢は窓辺を過ぎて」という曲だ。

もしジェイコブが、この曲を聴いたのだとしたら、自分のルーツというものを意識した瞬間であったのかもしれない、そんな気もしてくる。

ところで、この「夢は窓辺を過ぎて」というウクライナの子守歌、どこかジェイコブの「サマータイム」に似ているような気がする。「サマータイム」が似ているのか・・・

気のせいだろうか?

kaz




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