ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

WASP 

 

ワスプという言葉がある。White Anglo-Saxon Protestant それぞれの頭文字をとってWASP。つまり白人で、どのような意味合いにおいても、マイノリティーには属さない人たち。

ガーシュウィンの両親はロシア移民のユダヤ人であるので、ワスプではないことになる。ジョージ自身は生粋のアメリカ人であったわけで、マンハッタンで暮らし、そこで奏でられていた音楽に親しみながら育ったのだろう。両親とも厳粛なるユダヤ教徒というわけでもなかったらしいし、両親の故郷とか、自分のルーツのようなものは、あまり考えながら育ったわけでもないのかもしれない。

でもワスプではなかったということは、アメリカで暮らす上で何かしらの影響はあった気はする。日本に住む日本人、周囲は皆、日本語を話すし、それが当たり前の世界。「なんで自分は日本人なのかしら?」などということを疑問に思わず成長する。でもそのような国は少数なのかもしれない。日本が平和であるということかもしれないが。

移民の子・・・このような意識はジョージにもあったような気がする。ロシア系ユダヤ人であることで、アメリカ社会で、どこかマイノリティに属してしまうこと、そのことへの意識のようなもの・・・

自由の国であるはずなのに、かつては奴隷として連れてこられ、白人ですらないとカテゴライズをされてしまっていた人たちの存在、その人たちの文化、音楽、ジョージは敏感に何かを感じ取ったのではないだろうか?

1850年頃のアメリカの奴隷たちの平均寿命は32歳だった。余りにも短くはないだろうか?そのような人たちが育んできた音楽はジョージにも何かしらの影響を与えた可能性は多いにある。

黒人霊歌の「時には母のない子のように」とジョージのポーギーとべス、「サマータイム」との関連性、似ているといえば似ているような気もしないではない。この霊歌からインスピレーションを受けたとする文献もあるようだ。

「時には母のない子のように」

時々、母のいない子どもになったような気がする
故郷から遠く、遠く、離れてしまった
時々、俺はもう長くはないんだろうと思う
天国に昇っていくんだ

自由の国のはずだった。そう聞かされていた。だから祖国を捨てたのだ。なのに、自由であるはずの国にも自由でない人たちがいる。このことは大きな衝撃であったのかもしれない。

ゴスペルの女王、マヘリア・ジャクソン、この歌唱などを聴くと、ジョージも何かしらの影響を黒人霊歌から受けたのかもしれないなどと思えてくる。

kaz




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