ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

逃げのギロック 

 

フランコ先生、優しい人なのかなと思う。レッスン中に生徒を怒鳴る・・・なんてなさそう。つまり優しい先生。

昔、テレビで劇団四季のドキュメンタリー番組を観たことがある。内容は忘れてしまったけれど、鮮明に記憶に残っていることがある。それは劇団四季の稽古場に張ってあった張り紙。

「音程を外すものは去れ!」というもの。う~ん、厳しい、と思った。このような厳しさだけが「厳しさ」なのだろうか?この反対に位置するようなものが「優しさ」なのだろうか?

「○○君、ソナチネ全然練習しないのよね、もちろんチェルニーなんて大嫌いみたいだし」このような場合、ソナチネアルバムの本で○○君の頭を引っ叩く・・・なんていうのは、厳しさというよりは、これは暴力だろう。

「ギロックだったら、まぁ練習してきてくれるのよね。本人もそれなりにギロックは気に入っているみたいだし、それなりに表現しているし、ソナチネなんて弾かなくてもいいのかも?まっ、音大コースというわけでもないし、それはそれでいいんじゃない?辞めちゃうよりはいいわよね」では、これは優しさ?

逃げの教材としてのギロック・・・これではギロックも悲しむだろう。

フランコ先生のギロック、おそらく彼のレッスンでも教材としてギロックは登場するのだと思うが、「まっ、専門家になるわけでもないんだし、こっちのキャッチーな曲で楽しめればいいんじゃない?」と彼は思ってはいないんじゃないかな?

フランコ先生のギロック、「こんなに素敵な世界もあるんだよ。でもこれはほんの入り口だよ。この先には芸術作品という、もっと素晴らしい花園があるんだよ。君も一緒に行こうよ?探しに行こうよ?」フランコ先生はそう思って演奏しているんじゃないかな?

kaz




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