ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

悲哀と達観 

 

オディールはオデットと同じフィールドで勝負(?)しているわけではない。もう一人のオデットでは誘惑できない。二つの個性、踊り、全く異なるから面白い。オディールは偽オデットではなく、さらに観ている側に「なんでこんな女(鳥?)に?」などとも感じさせてはいけない。見るからに「私って邪悪でしょ?」では、いくら純真(世間知らず?)な王子もなびかないだろう。異なる個性で勝負なのだ。

オディール役、個人的にはジリアン・マーフィーがいい。この人のフェッテ、驚異的ではないですかね?3回転フェッテなんて初めてだ。技術要素そのものが美となるという好例なのではないだろうか?

やはり、王子は自らの意志でオディールを選んだという解釈の方が面白い。面白いし、この後の展開も違ってくると思う。悪魔に騙されたバージョンだと、真相を知ったオデットは哀しむだけなのだと思うのだが、王子の心変わりバージョンだと、哀しみというものの他に、さらにオデットは「達観」のような感情を醸し出せるのではないか?

「やっぱりね。男なんていつもそう。最初からこうなるのだと思ってた。だから別に悲観的にはならない。それでも1パーセントの確率に賭けたのよ?もしかしたら・・・って。でも、あなたもただの男だったということね。そんなものよ・・・」

こちらの方がストーリーとして深みがあるように感じるのだが・・・

kaz




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