ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

音源を参考にしますか? 

 

自分が弾いている曲の音源を参考にするだろうか?それとも自分が弾いている曲のCDなどは一切聴かないのだろうか?ショパンの○○という曲を弾くとして、二人とか三人だけの有名どころのピアニストの演奏を一応聴く、これがいいとか悪いということではなく、それしかしないというのは少々寂しい気もする。ピアノを弾いているのだし、ピアノが好きなんだから、ピアノしか聴かない・・・少々寂しい。

参考音源としてのサウンドの引き出しのようなものは、沢山持っていた方がいいような気がする。

ドヴォルザークの「ユーモレスク」を先日弾いた。幼いころより親しみを感じていた演奏はヴァイオリニストのクライスラーの演奏。大人になって、ピアノを再開してからはピアニストのフリードマンの演奏も知った。この二人の演奏に魅力を感じる。でもそれしか聴かないとか、多くの人の「ユーモレスク」を聴きまくるとか、そのようなことはあまりしなかった。

「ユーモレスク」を弾くために、音源として参考にしていたのは、ヴンダーリヒとかプライのようなドイツ系の歌手の歌唱。それも「ザ・歌曲」とか「ザ・アリア」のような本格的(?)クラシックではなく、軽めというか、オペレッタとかポピュラー系の曲を聴いていた。僕自身が理想としていた「ユーモレスク」のサウンドと似たサウンドを彼らは歌で具現化していたから。

彼らの歌っていた(僕の聴いていた)曲と「ユーモレスク」とで共通点があった。ABAという形であること、跳躍も3度とかの連続が多く、超絶系の動きは皆無であること、メロディーとして覚えやすいというか、どこか口ずさめるような親しみやすさがあること、彼らのような歌い方は、長調のメロディーでも、どこか哀愁というか郷愁のような、かすかな切なさを感じさせるところ・・・

「ああ、このような効果をユーモレスクに盛り込めたら・・・」「彼らは何をしているのだろう?」

むろん、実際に歌を歌うわけではないが、彼らのやっていることを盛り込めたらいいなと思ったのだ。「きゃっ、素敵!」と鑑賞者としてただ聴くのではなく、参考音源として聴くのだ。最初のメロディーが再現されたとき、同じように歌わずに、彼らはあることをしている・・・とか、そのようなことに留意して聴いてみる。ただ「いいな・・・」ではなく何故に「いいな・・・」と感じるのか、そう感じさせる要素を探りながら聴いていくのだ。

不用意に弾くとあっけらか~んとなってしまうようなシンプルなメロディーを彼らはどう処理しているのだろう?

まず、自分が演奏する曲に対して、「このような音世界が欲しい」という明確なものを自分の中に持つこと、ピアノだけではなく、ピアノ以外の楽器とか声楽の曲にも自分の理想サウンドに近い演奏を求め、探していく。見つかったら「何をしているのだろう?」「どうして素敵に聴こえてくるのだろう?」と分析(?)していくのだ。そして実際にやってみる。本番でできるかどうか、そこよりも、実際にやってみる過程にワクワクしないだろうか?

自分が惹きつけられた演奏、そこには理由があるのだから。踏み入ってみるというのもピアノを弾く醍醐味のような気もする。

「ユーモレスク」を弾くために最も多く聴いていたのがヴンダーリヒの歌うこの曲・・・

kaz




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top