ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

括らないピアノライフ 

 

ピアノを習う、あるいはピアノ教室という言葉から連想するのは、やはり大人ではなく子ども。主に小学生かな?でも、ピアノは小学生のものなのだろうか?本来は大人のためのものでは?小学生時代のピアノは、本番のための準備期間なのかも?

「ピアノ教室を辞める」=「ピアノを辞める」ということではない。霞を食べて生きていけるお坊ちゃま、お譲ちゃまという特殊の人たち以外は、生きていくために働かなければならないので、ピアノそのものは中断するのが普通だろうと思うが、でも「辞める」ではない。音大を卒業した人だって、人前で弾き続けている人は、そうでない人よりも少ないそうなのだから、進学のためにピアノを一時中断することは普通のことなのだ。

メインは小学生、あるいは中学生のピアノではなく、再開した後、つまり「大人のピアノ」がメインなのでは?多くのピアノ曲が子どもを想定した作曲されたとは思えないし。

難しいのは、再開後も、かつての準備期間ピアノであるところの「子どもピアノ」そのままの感覚で再開してしまうこと。難しい曲に向かって練習し、指訓練も頑張り・・・みたいな?それがいけないということではなく、そういうものと思い込んで「括ってしまう」と辛くなる。生物学的は成長曲線は下降気味になっているはずだ。お肌の水分量とか、骨密度が下降するように。

でも、大人ピアノの強い味方は、「成熟ピアノ」であるということ。その根源は、やはりアネーロ、憧れではないだろうかと。息苦しくなるほどの、痛くなるほどの熱望、憧れ・・・切望・・・

大人ピアノは、そこが強みなのだ。括らないようにしたらどうだろう?「お仕事をしながらのピアノ?まぁ、大変でしょうに。楽しく弾ければ・・・」そう思う人はそれでいいが、そうであるのが普通と括らない。50歳でも60歳でも進歩できる、成長できる。

「大変な中で人前で弾いているのね。サークルに参加するだけでも凄いことだわ」そうなのだが、でも「だからそれでいい」と括る必要もない。その人は、さらに成長できるし、まだその時点では具現化できていないアネーロを秘めているかもしれない。なので、「今も素晴らしいけれど、もっと素晴らしい演奏になるよね?」的なもの追っていく権利は誰にでもあるのではないかと・・・

この男性の奏でるショパンに惹かれる。動画がアップされたのが9年前だから、この人は、今50代後半ということになる。なんとなく、今も弾き続けているような気がする。「楽しく弾けたから、今はピアノではなくフラワーアレンジメントに夢中です」とはなっていないような気がする。

アネーロは死ぬまで持ち続けられるものだから。括らなければね・・・

kaz




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category: 世界のピアノ仲間

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コメント

 

いつも拝見させて頂き、初コメです。

はじめまして。あっきいと申します。実は、何年も前からこちらをちょくちょく拝見させて頂いていたのですが、今回、初めてコメントさせていただきました。
私は病棟看護師です。夜勤、残業…と、忙しい毎日ですが、ピアノで表現したい欲求が凄くあり、時間を作って練習していますが、なかなか上達せず、のろまなカメのような感じです。
自分にとって、ピアノは人生の糧、心のオアシスです。でも、こう表現したい、というイメージはあるのですが、中々辿りつけません。
この動画のノクターン9-2の演奏は、心を打つ演奏ですね。曲に対する愛情、敬意、そして奏者のひたむきな人柄まで感じます。
kazさん、良い演奏を紹介していただいてありがとうございました。私も諦めないで頑張ります。

あっきい #quSBhyNc | URL | 2016/11/14 12:31 | edit

あっきいさま

コメントありがとうございました。看護師なんですね。ブログもちらっとお邪魔しましたが、看護師長なのですね。僕も介護関係の仕事なので、夜勤の大変さなどは、少しですが分るような気もします。

「明けない夜はない・・・」みたいな?

ピアノなんて弾けない時も、弾かない時も多いけれど、でも弾くんですよね。

kaz #- | URL | 2016/11/14 14:31 | edit

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