ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

パリの香り 1 

 

もしウィリー・カぺルが事故死せず、そのままピアノを演奏し続けていたら?そんなことを想像しても仕方がないのかもしれないが、ピアニスト系図のようなもの、伝統の伝承のようなものが異なり、今のピアノ界も変化していたのではないかなどと思う。

視点を日本という国に移してみると、カぺルのように、つまり、もしこのピアニストが日本で演奏活動を続けていたら、今の日本のピアニズム、ピアニスト系図のようなものも著しく異なっていたのではないか・・・そんなことを思わせるピアニストが二人いる。二人とも女性だ。

もしかしたら、権威とか狭い意味での頑ななアカデミズムのようなものに反発し、独自のものを発するような勇気、これは男性よりも女性の方が発揮することがあるのでは?つまり女性の方が勇気があり、男性は権威とか体制というものに、少し弱い面がある?

神戸で生まれるが、完全にパリ仕込み、幼い頃よりパリで暮らし、パリ音楽院でラザール・レヴィの薫陶を受ける。そのままヨーロッパで活躍するが、戦争の影濃くなると、日本に戻る。原智恵子にとって、日本は母国というよりも異国そのものであったのではないだろうか?当時、鮮烈なまでのピアノ・・・と聴衆は感じたはずだ。人気ピアニストのトップの座に君臨し、日本で演奏活動を続ける。

しかし、原智恵子は東京の掟に従わなかった。パリ時代の自分を通してしまった。聴衆の心は掴んだが、音楽のためならば、大物男性にも物おじせずに自分の意見を言ってしまったのだ。楽壇からは当然反発がある。

「原というピアニストは女のくせに生意気だ」「あの女はそのうちに力を持つようになる。とんでもないことだ」「今のうちにあの女を潰してしまうのだ」

原智恵子というピアニストの人気が大衆に浸透するほど、「いじめ」に近いような圧力さえ加わるようになった。

かつての師、レヴィやコルトーと日本で接し、パリを想い出す。「ああ、パリ、あの頃は良かった。なぜここでは自分は疎外されてしまうのだろう?でも自分の音楽を曲げることはできない。そして自分には家族、子どもがいる・・・」

夫との離婚、子どもたちとの離別、そして新しい愛・・・

「子どもを捨てた鬼のような女」当時は週刊誌などで相当叩かれたらしい。

1959年4月、ある二人の音楽家の婚約が日本の各新聞で報じられた。

原智恵子(ピアニスト)44歳・・・再婚
ガスパール・カサド(チェリスト)61歳・・・初婚

二人はイタリア、フィレンツェで新生活を始めることになる。

kaz




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