ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

孫悟空 

 

医大生が往年の巨匠の演奏が好きだったから、僕が影響されたのか、それとも僕がそのような演奏を好んだので、彼が聴かせたのか?おそらく両方だろうと思うが、珍しく、現代の寵児的なピアニストの演奏を聴かせてくれたことがある。当時非常に話題になっていたレコードだ。ポリーニのショパンのエチュード。僕は「ポリーニって?」という感じだったけれど、さすがにその演奏は凄いものなのだとは思った。

「凄いんじゃない?」「そうなんだけど・・・」「凄くはっきりしているよね?」「そうなんだけど・・・」

はっきりしている・・・ここが彼が気にしていたところだった。「この演奏はこれでいい。でも将来、皆がこの演奏の方向性を真似していくんだと思う。そうなると音楽を聴くのも楽しくなくなるような気がするんだ」「・・・・」

「ねぇ、君は感じるかな?ローゼンタールという人の演奏なんだけど、昔の録音だから、今の(ポリーニの)録音のようにはクリアな音ではないんだけど、聴いてみないかい?何を感じる?」

初めて聴くローゼンタールの演奏、僕はこう言ったのだと思う。「孫悟空みたい・・・」「そうなんだよ。孫悟空なんだ」

いわゆる、ミクリ派の軽いタッチ・・・ということになるのだろうが、当時の僕はそんなことは知らなかった。でも天を駆けるような音質、音色に魅了されたのは事実だ。孫悟空が空を駆けるのかは知らないが、そのような気持ちよさを感じたのだ。軽々としている・・・

ヴェツェイ少年の演奏を聴いた時、僕はそのことを感じた。孫悟空なのだ。これはヴェツェイ少年が14歳の時の演奏。バッツィーニ(バッジーニ)の「妖精の踊り」という超難曲だ。いわゆる、技巧を見せびらかす曲とされている。そうかなぁ?まさしく天駆ける孫悟空・・・みたいだと思うんだけどな・・・

この曲、現代のスター、ヴェンゲーロフの演奏が有名なのではないだろうか?見事なものだ。でも孫悟空ではないのだ。実に見事なのだが。天を駆けてはいない。後にフランチェスカッティの同じ曲を聴いた時には、非常に驚いたものだ。その演奏は孫悟空そのものだったから。音の違い?演奏スタイルの変化に伴う意識の違い?なんだろう?軽い、とにかく軽く楽そうなのだ。

ヴェツェイの演奏の楽さ、軽さ、この伝統は、なんとなくフランチェスカッティやハイフェッツあたりで途絶えてしまっているような?これはピアノでも感じることだ。

ヴェツェイ、当時ヨーロッパでかなりの人気ではなかったか?異国的雰囲気というか、ハンガリー的魅力(?)が容姿にも備わっていて、相当騒がれたような?マッチョ的ではなく繊細そうな?

kaz




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