ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

辛いから歌う? 

 

ヴェツェイの「悲しきワルツ」という曲。ヴェツェイはシフラと同じハンガリーの人だ。この曲はヴァイオリンを弾く人にとっては、まあまあ有名な曲なのではないだろうか?

シフラ編の「悲しきワルツ」を最初に聴いて、まず感じたのは、「これ、シフラの編曲にしては音譜密度が低くない?」ということ。最初の部分など「僕でも弾けるかも?」などと思ってしまったほどだ。途中から「ああ、やはりシフラですね」と音譜密度は高くなるが・・・

もう一つ感じたのが、「シフラ、パッセージを盛り込み過ぎでは?」ということ。静謐なまでに悲しいメロディーなのだ。その印象が薄まってしまうのでは?こう感じたのには理由がある。ヴェツェイのこの曲、子どもの頃から聴いていた曲で、その演奏がグリュミオーの大変に美しい演奏だったのだ。これが僕の「悲しきワルツ」に関しては基本演奏になっていたところがある。

ロマの楽団の演奏をいくつか聴いてみると、僕の最初の「盛り込み過ぎでは?」という印象も変わってくる。彼らが演奏するハンガリーの、それも土着性の強い曲の演奏では、「泣き節」とも思えるようなメロディーを、だんだん盛り上げていく傾向があるように思う。そこまでするかというほど、高らかに歌い上げ盛り上げていく。

それは「蝶よ花よ」という、すべてに恵まれた人の発想ではないように思う。厳しい現実がある。貧困がある。差別がある・・・だから歌うのだよ。「俺たちにできることは歌うこと、高らかに歌うこと、そしてすべてを忘れること、それしかないじゃないか?だから歌うんだよ」という感じかな?

そのような観点でシフラ編曲の「悲しきワルツ」を聴いてみると、悲しさを感じてくる。この編曲、この曲だけではなく、先の「ハンガリー舞曲」でも感じるが、これはピアノというよりは、ロマの人たちが愛奏するツィンバロムの響きに近くはないだろうか?

kaz




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