ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

私的鑑賞法 

 

およそ40年前、医大生が導いてくれた音楽の世界、彼なりの聴かせ方があったように思う。聴き手(僕ですね)の反応を察知し、魅了されている要素、その演奏を際立たせている要素を、どんどん切り込んでディープに聴かせていくという導き方だった。

「この部分、いいよね?そう感じるんだったら、きっとこの人のこの曲も気に入るんじゃないかな?」みたいな?あとは、演奏者の師弟関係とか、影響された音楽家に踏みこんでいく聴かせ方も覚えている。次回にでも紹介するが、ヴェツェイというヴァイオリニストの曲や演奏を紹介し、僕が魅了されたと判断すると、ヴェツェイの先生であるフバイに入っていく・・・

世間で有名な曲を機械的に・・・ということはなかった。

医大生自身はピアノを弾くということはなかったように思う。あれだけ音楽に、演奏家について詳しかったのに。彼の両親も医師だった。父親は大学病院に勤務し、母親は開業医だったと記憶している。彼の自宅には「イーバッハ」というピアノがあり、その当時、僕はピアノというものは黒いものだと思っていたから、彫刻を施された木目調、ヨーロッパ調のピアノに驚いたものだ。何故か鮮やかに覚えているのだが、父親がヴァイオリンを弾き、そして母親がピアノを弾いた「タイスの瞑想曲」をじっと聴く彼の姿は、どこか真剣で哀しげであったようにも感じた。

彼の人生のレールは決められていたのではなかったか?医師になるという道。おそらく、自分で楽器などを弾いたら、後戻りできなくなる、そう思っていたのではないだろうか?

僕のことになるが、よく言われる。「なんで色々な演奏家、いろいろな曲を知っているのですか?」と。僕など、ディープな音楽愛好家と比較すれば、その知識は浅いものだ。でも、例えば、サークルのピアノ仲間でも、自分が演奏する曲のCDしか聴かない、それも一人か二人のピアニストのCDしか聴かない・・・なんていう人もいて驚いたりする。

音楽の聴き方なんて、本当に人それぞれだなと思う。もし、僕が平均的ピアノ学習者よりも演奏家や曲を知っているのだとしたら、それは医大生が導いてくれたやり方を、今も自分自身で続けているからだ。

前記事のシフラの「ハンガリー狂詩曲」、とても素晴らしい演奏だ。シフラの他の演奏を聴く、これは僕も同じだが、自分が魅了された部分、そこを追っていくのが僕の、そして、かつて医大生が教えてくれたやり方なのだ。

シフラの演奏、むろんオクターブとか、跳躍とか、メカニカルな部分にも惹かれるが、それ以上に「ロマ的なるもの」ここに惹かれる。民族的なるもの、あるいは、その民族であることへの誇り、そのような要素をシフラの他の演奏でも追う、探すのだ。

この曲なんか、とても「シフラだな」と思う。

kaz




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: 月の輝く夜に

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top