ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

音楽の扉 

 

本日の日本グリ―グ協会主催、ランチコンサート、無事終了。本当は、ここで演奏記というか、本番記のようなものを綴るのが普通なのだと思う。人様のそのような文章を読むのは嫌いではない。でも自分では書けない。

「僕は過去には捉われない男なのさ」あるいは「僕って反省を知らない男なのさ」・・・ということなのかもしれないが、それよりも、あまり自分の「出来栄え」というものを気にしないというか、無頓着というか。むろん、反省するところは毎回多々あるので、そこは頭に入れようとはするけれど、目標はそこではないと言うか・・・

むろん、「よかったです」と言われれば嬉しい。そしてこう思うのだ。「そうでしょ?よかったでしょ?」と。これは自分の演奏が素晴らしかったでしょ・・・ということではなく、むしろ「いい曲だったでしょ?」「あなたもこの曲いいと感じた?」みたいな感じ?そこには自分の出来栄え、ミスがどうたらとか、そのようなことは入っていない。自分が・・・という感覚はない。自分が曲から感じた、何かしらの魅力のようなものを、聴いていた人も感じてくれた、共有できたという喜びというのだろうか?

この感覚は、実は練習の段階でも感じている。目標は、自分がどう弾けるか・・・ではなく、自分自身が惹きこまれた曲に内在している「何か」を感じてくれるだろうか・・・が近い。

この感覚、実は小学生の時に養われたのだと思っている。小学2年生まで、一応ピアノは習っていたし、何枚かピアノ演奏のレコードも持っていて、聴いていたけれど、「ふーん、こんな曲なんだ」くらいの冷めた感想しかなかった。3年生になって、ある医大生が音楽の扉を開いてくれた。独断的な選曲だったかな?クラシック音楽をあまり知らない小学生が聴くような音楽を聴いていたとは思えない。たとえば、ロシアの往年のテノール歌手が歌うロシア歌曲・・・なんて小学生が聴くだろうか?

「いい曲でしょ?」「よかったでしょ?」「僕は最高だと思うんだ」「これ聴くと涙が出てくると思うよ」

感動の強要ではなかった。僕は感動していたから。僕の反応を見て、選曲してくれたのだと今は思う。恍惚の表情でゲッダのラフマニノフを聴いている僕を見て、「レメシェフ・・・聴こう!」そんな感じだったから。僕が感動で顔が紅潮したり、泣き出してしまった時、彼はよくこう言ったものだ。「そうだよね?いいよね?」と。

その時の医大生、今は医師となっている。インド在住なので、なかなか会えないし、メールも途絶えがちだが、今日、「よかったです」と言われ、僕自身「そうでしょ?いい曲でしょ?」みたいな感覚を今も維持していたのは、彼の影響なのだということを伝えた。

「いいでしょ?そうだよね、いいよね・・・」これは彼の言葉だからだ。とても感謝している。

想像してみる。もし、今、僕の近くに、かつての僕のような少年、一応ピアノは習っているけれど、自由奔放というか出鱈目というか、そんなピアノしか弾けないけれど、でも音楽への憧れで瞳がキラキラしている少年(少女でも)がいたら、僕はどのように音楽の扉を開いてあげるだろうかと・・・

「この人はシフラっていうんだ。とても苦労した人でね、耳は半分しか聴こえないし、ピアニストなのに腕の腱を痛めてしまったんだ。ハンガリー動乱の時、徒歩で国境を越えたんだ。ロマの血を受け継いでいてね、そのことで偏見や差別もあっただろうけど、彼はロマの血を誇りに感じていたところもあるんじゃないかな?ハンガリー狂詩曲という曲、リストの曲なんだけれど、最後の方なんか凄いよね。でも切々と歌い込む箇所が好きなんだ。こんな風に歌える人ってこの人しかいないんじゃないか?そう思うんだ。聴いてみようよ?」

「凄いね。ゆっくり歌うところが凄いと思う。ドキドキしちゃった」

「そうだよね?いいよね?君もそう感じる?そうだよね・・・」

kaz




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コメント

 

素晴らしい!

素晴らしい!

まず音がとても良い。 (古い録音なのに、驚異的!)

テクニックと表現が完璧に一致している。(ように感じます)

感動する一方で、日本人には演奏不能、とも痛感します。
(風土的限界?、それは前回のストリート・ヴァイオリンにも感じます)
しかし、日本人でも鑑賞可能なので、それを素直に喜びたいと思います。

ありがとうございます。


最近のピアニストには大いに不満です。(曲芸的なテクニックと鼻に付く歌い方)
クラッシックもジャズも同様、それがもてはやされている、真に遺憾です。

クラッシックの録音にも不満があります。(音が遠い、低音が足りない)
目の前でピアノが鳴り響いて欲しい、それがピアノを再開した理由なのです。


しかし、どのようにして、このような名演を発掘なさるのか?、
毎度、感服いたします。

KPf #X.Av9vec | URL | 2016/10/17 12:29 | edit

KPFさま

昨今の多くのピアニストについては、思うことはあります。「必要以上に速いよなぁ・・・」みたいな。何か基準のようなもの、暗黙の基準のようなものを、課せられ、成長していく過程で、どこか捉われてしまう・・・コンクール優勝を目指すみたいなことを続けているとそうなるのか?コンクール後、いきなり「さぁ、フリーになるのだ」と言われても、彼らは困惑するのかもしれません。

kaz #- | URL | 2016/10/18 07:50 | edit

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