ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ノンフィクション 

 

「ステージの上にいる時は自分は最高だと思うことだ。ステージから降りる時には自分は最低の状態なんだと思うことだ」エリック・クラプトンらしい言葉だ。若い頃の薬物依存の頃、「彼は死んでしまうだろう」と誰もから思われていた頃、あの頃も辛かっただろうが、彼にとって最も辛かったのは、息子を失った時ではなかったか?

当時4歳半だったコナー君が53階の自宅の窓から転落死した。この時は誰もが、「また彼は自分の殻に閉じこもってしまうのだろう、薬物にまた逃げてしまうのではないか?」と思った。「今度こそエリックも終わりだろう・・・」

彼は事実、自宅にこもってしまった。でも這い上がった。息子への、コナー君への気持ちを歌にすることで自分を再生したのだ。「ティアーズ・イン・ヘヴン」という歌は、彼にとっては「ノンフィクション」であった。メロディーも歌詞も、「そのまま・・・」という感じだ。その時のそのままの気持ち・・・というか?

エリック・クラプトン、何歳になったのだろう?71歳という年齢、「もうそんな年齢なんだ」とも感じるし、「まだまだ若いじゃない」とも感じる。かなり前から、彼はギターを弾くのが辛くなっていたそうだ。末梢神経損傷ということだ。

今年、最後の来日公演があったらしい。

「エリックを聴ける最後のチャンスなのだ・・・」そう思ったファンも多かったと思うが、実は彼は過去にも「最後の公演」を何度も行っているらしい。最後ということで、名残惜しみながら聴いたが、また来日・・・みたいな?

今年が最後・・・ということだが、また聴けるかもしれないね。71歳なんだから・・・

「両手にそれぞれ指なんか2本あれば弾けるのさ。あとは耳があればね・・・」  エリック・クラプトン

第二位  「ティアーズ・イン・ヘヴン」

kaz




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コメント

 

人の本質

心に染みます。

クラプトンはボブ・マーリーのカバーで注目しましたが、歳を重ねて心の芯に響くようになってきたと感じます。 (朝比奈隆、ギュンター・ヴァントも・・・)

歳をとることの意義、無駄が削ぎ落とされ、人の本質のみ現れるということでしょうか?

ボブ・ディランのノーベル文学賞! 納得です。
文学の本質に回帰した判断と思います。

楽曲としてはクラシックが好きなんです。

でも演奏となると、JazzやRock系に惹かれるのは、結局、音に「人の本質」を感じるかどうか、なのかな?

ありがとうございます。


ところで・・・、個人的には、素人ピアノはプロではできない「禁じ手」が使えるところが面白いと考えております。(邪道ですが、コンサートやCDでは聴けない演奏を目標にしております)

KPf #X.Av9vec | URL | 2016/10/14 12:29 | edit

KPFさま

演奏における気道の流れ・・・みたいなもの?高尚であるものを、学び、弾けるようにし、その結果というか、学んでいる様を人に聴いてもらうのような、作品と演奏者だけという気の流れのような演奏がクラシックには多いのかもしれません。

自分からの何らかの気の発信?作品から自分、自分を介して、さらに外部へ(聴き手へ)という、循環が「達者で正しい演奏」には欠けているというか?

方向性が異なるというか?

kaz #- | URL | 2016/10/14 14:41 | edit

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