ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

靴磨きの少年 

 

コルトーやヒュッシュが来日した時代、この時代には憧れを抱きながら音楽に接した人は多かったように想像する。馬場タカシ君とヴァイオリニストのメニューインの話も、そんな憧れを感じさせるものだ。この話は、このブログでも昔、紹介した記憶があるが、ざっと簡単にもう一度紹介してみたい。この話はフィクションではなく、実話なのだそうだ。

タカシ少年は、戦争で家族を失い、母親と二人暮らし。生活はとても苦しかった。戦後7年、世の中は復興の兆しも見えたりしたが、まだまだ戦争の傷跡は生活の中に存在していた。タカシ少年は、毎日靴磨きをしていた。一日に稼ぐ代金は5円。でもその5円で自分たちは生活できていたのだ。

街の楽器店で、タカシ少年は、あるポスターを見た。「ユーディ・メニューイン ヴァイオリン独奏会」

「聴いてみたいなぁ・・・世界的なヴァイオリニストらしい。どんな音なんだろう?どんな音楽なんだろう?」メニューインの独奏会のチケットは500円。タカシ少年には手の届かない値段だった。「この5円もお母さんにすべて渡さなければならないし・・・でも聴きたい!どうしてもメニューインを聴きたい!」

タカシ君は靴磨きの仕事を増やした。一日中靴を磨いた。メニューインを聴くために。「聴きたいんだ!」

そして気づいた。「お金がたまるまでにチケットはすべて売れてしまうのでは?」タカシ少年はチケット売り場のお姉さんと直談判をした。「きっとお金はためて払います。なので一枚チケットを取っておいてください。絶対に払いますから」お姉さんは承諾してくれた。

500円がたまった。「500円です。チケットはありますか?まだありますか?」「もちろん取っておいたわ。はい、チケットよ」「これは800円のいい席のチケットだ。僕、払えない」「いいのよ。よく頑張ったわね。300円は私からのプレゼントよ」

メニューインの音色、タカシ少年はどのような気持ちで聴いたのだろう?この部分は僕の想像力をはるかに超える部分だ。

演奏会後、自宅でタカシ少年が感動に酔っている時、ある男性が訪れてきた。「馬場タカシ君ですね?あなたに会いたいという方がおられます。突然ですが、明日、博多駅の○番ホームにいらして頂けますか?その方が是非あなたに会いたいと・・・」

タカシ少年が博多駅のホームに行くと、そこにはメニューインがいた。「あなたがタカシ君ですね。私の演奏会を聴きに来てくれて、本当にありがとう」

チケット売り場のお姉さんから話を聞いていたのだ。「このような少年がいた・・・」と。

「タカシ君の夢は何ですか?」

タカシ少年が「あなたのようなヴァイオリニストになりたい・・・」と言おうとした時に、発車のベルが鳴った。タカシ少年は遠くなっていくメニューインを、そして汽車をただただ見つめていた・・・

しばらくしてタカシ少年に外国から小包が届いた。「何だろう?」「誰からだろう?」

それはヴァイオリンだった。そして手紙が入っていた。そこにはこう書かれていた。

「日本の小さな友人へ  ユーディ・メニューイン」

物はなかった。でも憧れがあった・・・そんな時代・・・

kaz




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