ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

再びのメロディー 

 

小学生の時、僕は音楽の扉を開いたのだと思う。導いてくれる人もいたんだね。残念ながら、それはピアノの先生ではなく、親の紹介で知り合った医大生だった。彼の部屋で沢山レコードを聴かせてもらったし、自分でも可能な限りレコードは購入した。でも小学生の小遣いなど微々たるものだ。当時の僕は色々な曲や演奏を知りたくて死にそうなくらいだった。

「ラジオだよ。FMだよ。それを毎日のように聴くんだ。いいね、FMだよ」医大生は僕の悩みにそう言った。

昔はカセットテープというものが存在していた。繰り返し録音できるし、とても便利だった。医大生を通して知った曲や演奏家も多いが、FM放送で知った曲も多い。今よりはクラシック音楽も沢山放送していたような気もする。

その時もラジオから流れる曲を聴いていた。でもテープに録音するという意識はなかったのを覚えているので、自宅で聴いていたのではなかったのだと思う。曲の途中から聴いたのだと思うが、その曲はとてもいい感じだった。どこかユーモラスな感じもしたし雄大さも感じた。そしてそのメロディーが流れたのだ。小学生ながら、そのメロディーに惹きこまれた。何故か泣きたくなるようなメロディーだった。そこで誰かに呼ばれたのだと思う。「ご飯よ。こっちに来なさい」みたいな感じだったかな、なので親戚の家か、祖父母の家かどこかで聴いていたのではなかったかな?

「この曲が終わったら行くから」と言いかけた時、さらに強い調子で呼ばれてしまったのは記憶している。用事が終わって再びラジオを聴くと、「カラヤンとしてはどうたらこうたら・・・」と解説していた。曲名は聞き逃したのだと思う。「なんていう曲だったのだろう?でもカラヤン・・・だな」と思った。

どうしても、どうしてもその曲のレコードが欲しかった。でも曲名が分からない。今思えば、医大生に歌って聴かせればよかったのだ。でもその発想はなかった。「カラヤン・・・」

小学生だった僕は、カラヤンのレコードをできるだけ購入しようとしたのだ。「いつかは、あのメロディーに巡りあうだろう」と。オーケストラの演奏だったことは分かっている。でも交響曲だか管弦楽曲だかも分からないのだ。カラヤンはどれくらいレコードを録音しているのだろう?レコード目録を見て倒れそうになったのを覚えている。むろんラジオも聴き続けていたが、再びそのメロディーに巡りあうことはなかった。

中学生になっていたから、そのメロディーを聴いて、2年は経過していたと思う。カラヤンのレコードも8~9枚ぐらい購入しただろうか?そして再会したのだ、あのメロディーに・・・

今の若い世代の人は、随分とアナログな体験だと思うのかもしれない。今はパソコンでユーチューブを徘徊すれば、2年も待たないで知りたい曲は検索できるだろうし、ボタン一つで音楽や演奏も購入できるようになった。僕のように今時CDで音楽を聴いている若者なんて少ないのではないだろうか?

でもアナログだったから、そのメロディーに再び巡りあった時に、感動したのだと思う。「ああ、この曲だったのか、この人の作品だったのか・・・」と。

僕はピアノ学習者として音楽に触れたわけではなかった。完全に音楽愛好家として音楽の世界に入った。好きな曲は・・・と質問されればピアノ曲など挙げないだろうと思う。そのような会話をするのは、ピアノのサークルという場しか僕は持っていないので、好きな曲という質問にはピアノ曲を答えたりするが、嫌いではもちろんないが、ピアノ曲ばかり好きな人間ではない。そしてそのことをとてもラッキーだとさえ思っている。

きちんと昔に弾いてこなかった、練習してこなかった、なので基礎がない・・・ということはあるのかもしれない。でもバイエルを滞りなく終了し、ソナチネも終了し、気がつけば知っている曲はピアノの曲ばかり・・・ということにならなかったのは、良かったのだと思う。

今、ピアノを再開して、ある程度の時間が経過した今、あの時のような心の熱さ、純粋さのようなものを僕は持っているだろうか?自問自答してみる。あの時の胸の高鳴り、それを今でもピアノ弾く時に持っているだろうか?

持っていると思う。だからピアノを弾いているんだと思う。

あの時のメロディー、知りたかったメロディー、再会したかったメロディー、2年待たされたメロディー、それはこのメロディーだった。

kaz




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