ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

静謐な孤独感 

 

ヘルシンキの冬の風景を観ていて、「ああ、ボストンと似ている」と思った。ボストンという街は、他のアメリカの都市と比較すれば、とてもヨーロッパ的だからということもあると思うが、冬の空が似ている。どんよりと、いつも暗く重いんだよね。日本に住んでいる人でも、豪雪地方や北海道に住んでいる人は、冬は同じような空の下で暮らしているのかもしれない。

東京のような、軟弱な(?)気候の都市で暮らしていると、雪そのものが珍しくなる。「きゃっ♥雪!」みたいな感じになる。また、「雪だぁ・・・寒いんだぁ」みたいな?ボストン時代は、たしか「あっ、雪だ。ありがたい、少しは寒さも和らぐだろうか?」という感じだったような?気候とか温度って、生活習慣だけではなく、住んでいる人の思考とか文化などにも影響を与えるのではないか、そんなふうに思う。積雪って音を吸収するから、どこか静寂の世界になる。これって「自分を見つめる」のような個人主義のようなものも育むのではないだろうか?いい意味での「人は人、私は私」のような?喧噪の中で暮らしていると「他人に○○と思われる」とか、そうなりがちなのかなぁ?「○○さんて~なんですって!」「まぁ、いやだ!」みたいな?

ボストンのあるニューイングランド地方って、冬は白い世界に閉ざされる・・・みたいな雰囲気があって、寒いのは勘弁だったが、今思うと、とても懐かしいような気もする。クリスマスの時期、留学生は自分の国に帰るか、孤独に耐えるか、あるいは、友人の実家に招かれて過ごすか、そのような選択があった。僕はアメリカ滞在中、一度も日本に帰国しなかった。お金がなく、航空券代も惜しかったし、日本が好きでなかった。日本から逃げた・・・みたいな感覚もあったしね。

孤独だったことは幸いにもない。感謝祭とかクリスマスなどは、友人が誘ってくれた。

「クリスマスはどうするんだい?もし予定がなかったら僕の家で過ごさないか?」友人の実家はメイン州のストックホルムという街(村?)だった。「ストックホルムってスウェーデンの?」友人は笑いながら「よく言われるよ。メイン州のストックホルム。いい所だよ。家族も日本人に会うのは初めてなんで、楽しみにしてるんだ」彼はそう言い、そしてこう付け加えた。「でもね、すっごい田舎だよ!」

たしかにメイン州のストックホルムは「すっごい田舎」だったが、クリスマスの飾りつけを施した家々を粉雪が包み込む、メルヘンの世界でもあった。あたり一面、銀世界、粉雪舞い散るホワイトクリスマス・・・

「今夜は冷えるかもしれないね」翌日は零下30℃。「零下20℃ぐらいなら、ざらにあるんだけど、10℃違うと寒いねぇ・・・」地元民は慣れたものだが、異国の人である僕は勝手が分からない。ガラス窓に氷というか雪の結晶が張り付き、とても綺麗だ。「触らないほうがいい。皮膚がくっついて剥がれなくなるよ」外に出て銀世界を満喫しようとすると、「そんな恰好で外に出ちゃダメだ。死んでしまうよ。こういう日は家で過ごすんだ」まるで気象もののパニック映画のようだ。

北欧ってデザインとか、家具とか、食器とか、素晴らしいものが多い。これって家の中で過ごさなければならない文化だからなのではないだろうか?外は暗く陰鬱で重い。なので室内は明るく、斬新なもの・・・違うかな?

北欧の音楽を聴くと、「孤独」というものを感じる。「個人」というのかな?静寂がある。痛いまでの静寂?これは北欧の自然というものと無関係ではないだろう。

kaz




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