ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

樅の木 

 

ピアノを再開する以前、完全に音楽というものを鑑賞者として接していた時、シベリウスのピアノ曲なんて一曲も知らなかった。親しんでいたのは、いくつかのシンフォニー、管弦楽曲、ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリンの小品・・・ぐらいだろうか。よほど北欧♥、シベリウス♥という人意外は、鑑賞者としてはそんなものなのではないだろうか?

シベリウスの曲って、確固たる、かつ厳粛なる構成美のような魅力があって、ピアノの小品というものと、あまり結びつかなかったような気がする。シベリウスの写真も、どれも厳つい感じのものが多く、微笑んだ写真などがあれば、また印象も異なっていたのかもしれないが・・・

ピアノ再開後、初めてシベリウスのピアノ曲を知った時は驚いたものだ。割と繊細というか、樹木とか花の名前の曲も多く、意外な気がした。「ピヒラヤの花咲く時」なんてピアノ曲のタイトルとシベリウスの厳つい写真の顔と結びつかないと言ったらシベリウスに失礼か?

最も衝撃を受けたピアノ曲は、やはり「樅の木」であったように思う。「あの顔(?)でこんな曲を作るなんて・・・」というのが聴いた時の最初の感想だっただろうか、つまりすごく意外だったのだ。

樅の木というのは、一年を通じて常に緑であり、これは北欧では永遠の命の象徴とされているのだそうだ。死もまた永遠であり、生死というものの永遠の象徴であると・・・

ピアニスト、館野泉氏によって北欧のピアノ曲が紹介されたのは、たしか1970年代だったのではないか、当時、人々の耳には、北欧のピアノ曲は、かなり新鮮なもの、どこか近しいものとして聴こえたのではないだろうか?

この演奏を聴くと、当時、あえて主流であった中央ヨーロッパやアメリカではなく、北欧のフィンランドという国に留学したという氏の「意思の強さ」のようなものを感じたりする。

kaz




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