ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

事件解決とピアノ演奏 

 

知り合いの知り合いに刑事という職業の人がいる。僕も一度だけ会ったことがあるが、射るような厳しい目をしていて、いかにも「殺人課の刑事です」という風貌。殺人課というのが正式名称なのかは知らないが、ドラマにあるような、あんな感じなのだそうだ。悪人相手に事情聴取とか。拳銃を撃ちあったりみたいな派手はことは、ドラマとは違ってないみたいだが。

毎日の地道な積み上げが事件を解決するという部分はピアノ練習と似ているような気がする。でもその刑事さんが興味深いことを言った。「もちろんそうなのですが、一番最初にやることは、犯人逮捕というか、事件解決という終わりの部分をまず想定することなんです。それが何よりも大事なんです」と。

被害者や、場合によっては遺族もだが、事件が解決したからといって、元の生活に戻れるわけではない。でも解決後は、やはり違うのだそうだ。犯人逮捕の件などを伝えると、「そうですか・・・ありがとうございました」と、被害者や遺族は、それまでとは何かが変わる。

まずは遺族の涙、解放を最初に想定する。目的部分、ここに至るまでに、今から何をしたらいいかを想定していく。ある意味、これは人生の逆算と似ている発想だ。終着点を想定し、未来から今を見つめる・・・みたいな?

ピアノライフでも、この発想を拝借してみたらどうだろう?ピアノ道って、初歩の頃から教則本を順番に、階段を一段づつ上るように仕上げていく。まずは自分にとって近しい課題を克服して順番にこなしていく。偉大な演奏を聴いて、心が動いても、「まずは○○できるように」となりがち。自分のやるべきことと、焦がれているものが、どこか分離してしまう。

「来月、サークルの練習会があるの」このような時、偉大な演奏が表出していた「何か」に自分も触れたい、その第一歩と考えているだろうか?これは練習会でグールドやアルゲリッチのように弾きこなすということではない。そのような演奏は一生自分には手が届かないかもしれないが、でも自分が弾く時に、焦がれた世界と分離しないで憧れてみる。

ただただ一生懸命に練習し、その成果をとりあえずポンと出してみる・・・ではなく、まずは終着点を想定し、その一歩と考えてみる。

この考えは少数派なのだと僕は思っている。「何様?」とか「素人とプロとは違うんだから」とか言われたりするので。

アルフィー・ボーがこの曲を歌ってくれて、とても嬉しい。もともと、この曲はシャンソンだ。厳つい(?)その刑事さんは、シャンソン、特にジャック・ブレルが好きなのだそうだ。その風貌とブレルの歌声に涙する姿はダブらないが、「シャンソンを聴くと泣いちゃうんですよ」というメンタリティーと刑事という職業とはつながっているのかもしれない。アルフィーが歌っている「If You Go Away」はジャック・ブレルの「Ne Me Qutte Pas」が原曲。「行かないで」と訳せるだろうか?「行かないで!捨てないで!行かないで!」という内容の曲。

まずは終着点を想定して、初めから目指すって傲慢なのだろうか?でも「ピアノを弾きたい」という動機の根っこの部分でもあるのではないだろうか?

kaz




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