ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

追悼 

 

僕ぐらいの年代の人なら、もしかしたら懐かしい記憶を持っているかもしれない。全音ピアノピースの楽譜、昔は唐草模様の表紙だったと記憶している。この唐草模様のデザインと同じデザインのレコードを少年の頃は愛聴していたと思う。演奏は、たしか神西敦子という人で、大変に折り目正しいというか、楚々とした誠実な演奏だったように思う。時は高度経済成長期、世の中が太っ腹だったのか、このシリーズのレコードには収録された曲の楽譜がついていた。縮小された全音ピアノピースがついていたのだ。

楽譜を見ながら演奏を聴くという、初めての経験をしたのも、この神西氏の唐草レコードでだったと思う。バイエルの赤本を右往左往していた、つまり楽譜が読めなかった僕は、音と共に楽譜を見ることで、少しだけ楽譜も理解できるようになった気がした。音が高くなるとこうなるのね?・・・みたいな?でも収録されていた曲を弾いてみようという気は起こらなかった。無理だと自分が感じたというよりは、「バイエルだとまだ無理でしょう?」という常識に捉われていたからだと思う。弾いてみようという発想すらなかった。

同じ時期、中村紘子の2枚組のレコードを親が買ってくれたのだと思う。主に「おさらい会用の曲」が収録されていたと思う。神西氏の、どこか「楚々としたお手本演奏」といった趣とは異なり、子ども心にも随分と中村市の演奏は個性的というか、聴き手を意識したというか、ドラマティックな演奏と感じた記憶がある。その中で、ワイマンの「銀波」、そしてランゲの「花の歌」の演奏に惹かれた。

「弾いてみたい」・・・多分に自己流のメチャメチャ演奏ではあったが、レコードで聴くサウンドを自分が再現しているという事実に興奮した。僕が初めて「世の中のきちんとした人はそういうことはしないものですよ」ということを、自分から打ち破った初体験でもあり、どこか気持ちよかった。この時は例の神西氏のレコードの付録の縮小ピースの楽譜が役立った。やはり楽譜を自分で買うというのは、小学生には大変なことだったから。この時の経験、中村氏、神西氏のレコードがなければ、ブライロフスキーのショパンを聴いて、自分で楽譜を買い、弾いてみようという気にはならなかったかもしれない。この時の自己流ピアノ遊びが現在の僕の演奏にも影響を与えているのだとしたら、僕が今現在ピアノなどを弾いているのは、両氏のお蔭であるとも感じる。

温泉では、湯に浸かる他に、中村氏の著作を再読したりしていた。彼女が自著の中で「ハイフィンガー奏法」という言葉を初めて使ったのではなかったか?この言葉、今ではすっかり定着しているようにも感じる。「指は上下運動のようにバタバタ動かさない」とか「丸めた指ではなく、伸ばした指で・・・」とか。日本人ピアニストの欠点を、文化的、宗教的、歴史的切り口ではなく、もっとシンプルに「基礎的な弾き方、奏法に問題があるのでは?」という率直、かつ勇気ある発言には、僕などにも「ああ、そうだったんだ」的なことを感じさせる説得力もあったように思う。彼女自身が書いていることだが、レヴィン女史のレッスンを受けて、そこで「その弾き方は基礎から直しましょうね」と言われ、指の上げ下げからやり直しをさせられたという。大変だったと思う。日本のコンクールを総なめにし、デビューリサイタルも行い、N響との世界一周演奏旅行を終了した後のことだ。中村氏の著作によれば、そのN響と共演したこの演奏は、ハイフィンガー奏法による、まさに「基礎からやり直しましょうね」の演奏ということになる。

考えてみれば、いわば「使用前」「使用後」のような、明確な差、それも自分の演奏の基本となる重要な部分を文章にして赤裸々に書いてしまった人は彼女だけだったのではないか・・・とさえ思う。

正直に告白してしまうと、僕はこの演奏からハイフィンガー奏法の弊害というものを明確に感じとることはできない。奏法を彼女は後年変えたな・・・ということはすぐに分かる。安定した上肢・・・などは、この時にはみられない。強引に感じとろうとすれば、後年の彼女の演奏よりは表現というか、音の色の幅が狭いようにも感じる。でも立派な演奏ではないか・・・というところが正直な感想だ。僕の耳が鈍感なのだろうか?他の人はそのようなことは感じとれている?「ああ、ハイフィンガー奏法ね・・・」と。

少なくとも、「指は伸ばしましょうね」「はい、伸ばしました。ハイフィンガー奏法を直しました」というような簡単なことではないんだなということを、この中村氏16歳の時の演奏は教えてくれるような気がする。

kaz




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